王立図書館・1〈ペレルクルーク〉


 天井まで、壁を覆い隠すほどの、本、本、本。

 それを見あげ、ペレルクルークはうっとりと目を細めた。ここなら一年以上籠もっていたって、退屈はしないだろう。

 一生かかっても読み切れないほどの蔵書を誇る、王立図書館。その重厚感のある扉を開けてなかに入ったペレルクルークは、あまりにも魅惑的な世界に、一瞬、当初の目的を忘れかけてしまった。

「――お気に召してくれたようだね、お姫様」

 ふんわりと微笑んだシルトパットは、ペレルクルークの金色の髪にそっと唇を落とした。それを気恥ずかしげに手で押し返したペレルクルークは、「僕はお姫様じゃありません」とそっけなく返す。

「わっ、どうして抱きあげる必要があるんですか!?」

「ここは子供には広いからね。僕が連れていってあげるよ」

 魅力的な言葉だったが、それでは目的を達せられない。正直に訳を話したら、シルトパットは間違いなくペレルクルークを連れて王立図書館を出てしまうだろう。

「今日は時間がないから、なかを見て回れたら満足です。あなたは騎士団長という立場なのですから、大会に戻ってください。使用人たちもいますし、午後の部には間に合うように戻ります」

「残念だけど、それはできないよ。レーヴェローゼから、君のことを片時も目を離すなと言われているからね」

 ペレルクルークは内心で唸った。おそらく、父であるレーヴェローゼは、シルトパットが同行するからこそ、ペレルクルークの単独行動を許したのだ。

 使用人たちも当然のように王立図書館についてきているが、それだけでは戦力的に心許ないのだろう。

 魔獣という各氏族共通の敵はいるが、足の引っ張り合いがないとは言い切れない。騎士団長、それも各騎士団長のさらにうえにたつ彼らの父親には、本人が望む望まないにかかわらず、様々な敵が潜んでいるのだ。

「わかりました。でも、自分の足で歩いてみたいです」

「仰せのままに、お姫様」

「ですから、その呼び方はやめてください」

 しかし、それで諦めるほどペレルクルークは諦めのいい性格をしているわけではない。一筋縄でいかないことは百も承知である。それにここへ来た目的は、他にもあるのだから――。

「王立図書館は誰でも入れるものなのですか?」

「一階までは年齢の制限はないよ。二階からは、五十歳以上っていう決まりがあるね。だからペレルは一階までだね」

「シルトと一緒でも駄目なんですか?」

「うーん。規則は規則だからねぇ」

 国王にかんする本は、おそらく二階に収蔵されている。しかし、年齢制限という厄介な決まりのため、そう簡単に二階には行けないようだ。

「どうして、年齢制限があるんですか?」

「二階は貴重な本が多いんだよ。間違って破っちゃったら大変だろう?」

「そうなんですか。子供に知られるとまずい本でも置いてあるのかと思いました」

「うえっ。そ、そりゃ、ちょっと子供には過激な本も置いてあるけど……」

 シルトパットは頬を赤らめ、気まずそうに目を反らした。ペレルクルークは、「問題ありません。各氏族の体の仕組みから、どうやって赤子が産まれるかまで書物で読みました」と答えた。

 そういった類いの本は、屋敷の書庫にも――ただし、本棚の上の方にだが――何冊か収められてあった。

 ペレルクルークが母親に閲覧の許可をもらった時もだいぶ渋られたが、読破した書物の題名をそらんじ続けたところ、溜息とともに許可をもぎ取ることができた。

「僕が読みたい本は、二階にあると思うんです」

「うーん。でも、規則は規則だから。大きくなったら、好きなだけ案内してあげるよ」

「じゃあ、僕の質問に答えてもらえますか?」

「僕がわかることならね」

「国王について、です」

 地道な方法では知りたいことはわからない。ならば、直接対決といこうじゃないか。押し黙ってしまったシルトパットに、ペレルクルークはにっこりと微笑んだ。

「僕の本当の目的は王立図書館ではありません。兄弟たちから離れることです」

 国王の選定方法は大人たちの手によって、子供には秘されている。それは理由があってのことだろう。だからこそ、ペレルクルークは絶対に兄弟たちの乱入がない場所で、この話をしたかったのだ。

 ペレルクルークは大好きな兄弟たちに傷ついてほしくなかった。だからこそ、まずは自分が知っておく必要があった。そこまで徹底的に秘されている、そのわけを――。



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