とある騎士の独白・下


 アレン様を表すに相応しい言葉は、地上には存在しない。世界中の言語から集めた美辞麗句を尽くした賛辞であっても、かの人の前ではすべて色褪せてしまうだろう。

 たった二歳でこれなのだ。成長すればどれほどの人間を虜にすることか。今以上に警備を厳重にする必要がある。鼻血を吹いて床に突っ伏す同僚の脇で、俺は密かに決意を固めた。

 ちなみに俺はアレン様を見ても表情筋すら動かさなかったことを、公爵本人から褒められた(もっともその後、うちのアレンは可愛くないのかい?と、責められたが。理不尽だ)。

 アレン様が素晴らしいのは外見だけではない。その個性が際立ちはじめたのは、五歳を数える辺りだったと記憶している。

 才能を開花させたのは、学問の分野である。まるで魔素値の低さを補うかのように、アレン様は様々な知識を貪欲に吸収していった。五歳という年齢から考えれば、明らかに異常である。

 しかし、その根底には、未だにアレン様に罪悪感を抱いている奥方様に対し、魔素値が低くても平気なのだという姿を見せたい――そのような思いが横たわっているのだ(アレン様は独り言が多いので、専属の侍女と護衛騎士はみな知っている)。

 剣術についてはあまり伸びしろがないと判断されたのか、ほどほどに嗜む程度であるが、俺から見ればこの国の剣術の形はアレン様には合っていないように思う。

 筋は悪くはないのだ。いっそのこと剣ではなく、別の武器に変えた方がいいのではないだろうか。

 もっとも、聡いアレン様のことだ。俺がわざわざ言い出さなくても、ご自分で自身にあった武器を探してくるに違いない。

 また、才能がある者が陥りがちな、他者を見下すという傾向もまったく見られない。出自や職業に関係なく平等に接し、誰に対しても気さくで、太陽のような微笑みを惜しげもなく振りまいてくださる。

 さすがにそれは不埒者を量産しかねないので控えてくださいとお願いするが、本人は今ひとつご自分の美貌を理解していないようだ。一度として守られた試しはない。

 ありとあらゆる面で人を惹きつけて止まないアレン様は、騎士たちの間でも絶大なる人気を誇っている。

 そのため、アレン様が五歳になった辺りから、半年に一度、公爵家の内輪で開催される大会(別名「アレン様の護衛を決める大会」)が行われるようになった。

 役職持ちの騎士を除く上位四名が、アレン様の護衛騎士となれるのだ。日々の精進の甲斐もあって、俺は未だ優勝の座を他に明け渡したことはない。アレン様の護衛筆頭騎士として、御身の警護を許されている。

 長く傍にいることもあり、俺はアレン様が同じ転生者ではないかと思うようになった。そう考えれば、大人のような思考回路にも納得がいく。

 だからといって、態度を変えるつもりはない。アレン様が何者であっても、この畏敬の念は消えることはないのだから。

「ラッセル、おやっさんに頼んでた武器が完成したぞ!」

 今年で十歳になったアレン様が、嬉しげな笑みを浮かべ鍛治師から渡された“刀”という武器を俺に掲げて見せた。

 やはりアレン様は、自分に合う武器をご自身で見つけ出してしまったようだ。誇らしさと共に、多少の寂しさが去来する。できれば、俺を頼って欲しかった。

「それと、これはお前の分な」

「私の分ですか……?」

 手渡されたものを見て、俺は言葉を失うくらいに驚いた。

 それは鉤爪(かぎづめ)だった。腕に装着できるように工夫がされ、手甲からは鋭い三本の爪が伸びている。刀身は、分厚い魔獣の皮膚も引き裂けるほど鋭い。

 促されるまま左右の腕に装着してみれば、なんともいえぬ懐かしさが胸を去来した。顔をあげれば、悪戯が成功したかのようにアレン様は楽しげに笑う。

「なぜ、これを私に?」

「団長さんから、ラッセルは剣よりも体術の方が得意だって聞いたんだよ。それで、刀を依頼した時にピーンと閃いたんだ。ラッセルに似合うと思って」

「しかし、私だけいただくわけには……」

「大会の優勝者には、褒美として剣が贈られるんだろう?それを勝手に鉤爪にさせてもらっただけだよ。まあ、考案・意匠したのは俺だけどな!鉤爪部分は出し入れできるようになってるから、剣を弾き飛ばされた時の奥の手としても使えるぞ。“とうとう俺を本気にさせてしまったようだな”とか言ってさ!うぷぷ。俺は絶対に言わないけど」

「私ははじめから全力で掛かりますが?」

 むろん、アレン様やご兄弟に指導する際は手加減する。しかし、敵に一切の情けは無用だ。アレン様の護衛騎士の座を賭けて争う同僚たちにも。

「ああ、うん。ラッセルはそういう性格だよな……」

 兄様たちにも見せよう、と言って歩き出すアレン様の背中を眺め、俺はそっと鉤爪を装着した左腕に触れた。

 記憶とはだいぶ違うが、それよりも遙かに強化された武器。不思議なくらい、よく手に馴染む。

 俺は静かに笑んだ。




 もう、昔のように獲物を求め荒野を駆け回ることはないが、体に、魂に染みついた獣性はけっして消えることはない。

 この爪はアレン様を守るために。

 この牙はアレン様の敵を屠るために。




***END***




おまけ

「ラッセルって、戦ってる時は獣みたいだよな」

「よく言われます(前世は黒豹だったからな)」



※ラッセルは主人公の相手ではありません。


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