パーシャル国物語


※主人公は関係ありませんが、男性の出産表現があるので注意。女王様系主人公受け。





 俺が軍に徴兵されたのは、十五の時だった。

 のちに、第七次魔獣大侵攻と呼ばれることになるそれは、鎮圧までに五年の月日を要した。その五年間で、大陸の人口の三分の一が減ったというのだから、どれほどの規模だったか察するにあまりある。俺は魔術が使えることから、その最前線に投入された。

 最前線となったのは、俺が属するリベル国ではなく、その隣国であるパシャール国である。パーシャル国は魔獣の大陸と呼ばれる、太古の森に隣接する唯一の国である。代々、パーシャル国は太古の森の番人として、各国への魔獣の侵攻を防いできた。

 第七次魔獣大侵攻の時は、さすがにすべてを防ぎきれず、各国に被害が出てしまったが、それでもパーシャル国がなければどの国も魔獣によって蹂躙されていたことだろう。

 二千年にもなる人類の歴史のなかで、七度あった大侵攻。そのなかでも、もっとも被害を最小に留めたのが、今回の戦いだった。それだけでも、パーシャル国は評価されるべきである。

 各国もパーシャル国の重要性は身に染みてわかっていた。かの国が落ちれば、それはすなわち各国の終焉でもある。そのため、どの国もパーシャル国へと援軍を送った。

 俺はリベル国の第二陣として最前線に赴いた。三千にもなる軍勢だったが、大侵攻が終わった時に生き残っていたのは、俺一人だけだった。正直、俺もなぜ自分が生き残れたのか、よくわからない。

 生き残るためではなく、たたひたすら魔獣を殺すためだけに魔術をぶっ放し続けた。生まれた時には、こんな平和なご時世に、大量の魔力を持っていても宝の持ち腐れだと笑われた俺だったが、まさか役に立つ日がくるとは両親も思ってもみなかっただろう。

 母親は早くに病で亡くなったが、父親も兵士として国の守りにつき、魔獣大侵攻が終わる一年ほど前に戦死したそうだ。

 魔獣大侵攻が終わって、国に戻った俺は途方にくれた。一応、実家は貴族の端くれではあるが、男爵家である。

 しかし、俺の父親が亡くなった時に、二歳年下の従弟が爵位を継いでしまったのだ。まさか最前線に向かった俺が生きて帰ってくるとは思ってもみなかったらしい。第二陣は全滅したと聞いていたそうだ。

 慌てて爵位を返すと言われたが、俺は断った。爵位の譲渡はなかなかに面倒なのである。なにより手続きには、かなりの金がかかる。

 従弟の時は、俺の父親への見舞金でなんとかなったが、もう一度、同じ額を用意するのは実質的に不可能だった。従弟は恐縮していたが、俺としては面倒事を押しつけられたくらいなので、むしろ万々歳である。

 しかし、そこで問題になるのが、俺の働き口だった。

 軍に入るという手もあったが、魔獣はもうこりごりである。しばらくは、命の危機のない場所で働きたい。

 領地で従弟の下で働くのもよかったのだが、やはり領民のなかには、領主は爵位を先代の長男に返すべきだと声高に叫ぶ頭でっかちな者もいるのである。従弟も真面目なので、支度金が整えば爵位を俺に渡そうとするだろう。なので、俺はその面倒くさい領民たちを物理で説教してから領地を出ようとした。

 その矢先のことである。

 王都から、とある知らせが舞い込んできたのだ。なんでも、パーシャル国に嫁ぐ王族の侍従を募集しているというのである。普通ならば、伯爵家や子爵家の次男、三男あたりが選ばれるのだが、行き先はパーシャル国。

 魔獣大侵攻は収まったとはいえ、未だにかの国では魔獣による被害は続いている。もちろん王族の付き人が剣を持って戦うことにはならないだろうが、それでも大半の者が尻込みしてしまったそうだ。そのため、下っ端の下っ端である我が家にもそんな話が舞い込んできたのである。

 俺は真っ先にこれに飛びついた。

 王家に恩も売れるし、職にもありつける。なにより隣国に行くのだから、爵位は継げない。未だに抗議をしてくる領民もこれには黙るしかないだろう。俺は王家からの使者に了承の旨を伝え、喜び勇んで王都に旅立った。

 そんな俺が仕えることになったのは、国王の八男、ミハイル殿下である。十二歳になったばかりの、初々しい少年だ。え、こんな子供が隣国に嫁ぐの、と思わず二度見してしまったほどである。彼はパーシャル国王に正妃として嫁ぐことになっている。

 そう、相手は男である。

 リベル国の王族には、特殊な能力がある。男性であっても、子供を産むことができるのだ。しかも、生まれてくる子供の大半が、強力な魔力持ちというおまけつきである。いや、おまけではなく、これが重要なのだが。

 さらに子宝に恵まれる傾向にあり、現在のリベル国王(男性)が産んだ子供は八人。正室、側室が産んだ子供も八人いるので、合計十六人もの子に恵まれている。魔力が強いと子ができにくいと言われる定説を鼻先で笑い飛ばすような事案である。しかも国王陛下は、現在、十七人目を妊娠中だ。

 とにかく、リベル国の王族は人気だ。どの国からも、ぜひ我が国に迎えたいと強烈なラブコールを送られるほどである。そのため、リベル国の王族の大半は、政略結婚で他国に嫁いでいく。しかし、なぜか他国で生まれた子供には、その能力は遺伝しない。あくまでも、リベル国で生まれた直系の王族のみに遺伝する能力なのである。

 本来ならば、ミハイル殿下はパーシャル国に嫁ぐ予定ではなかったらしい。しかし、今回の魔獣大侵攻によって、パーシャル国の王族が何人も犠牲となった。先代国王も戦地で亡くなり、わずか十八歳の王太子が激戦のさなかに王位を継いだくらいだ。

 それに危機感を抱いたパーシャル国側が、リベル国に嘆願したことで、今回の婚姻が実現したそうだ。だが、結婚適齢期を迎えている王族の大半は、すでに他国との婚約が整っている。さすがにそれを反故にはできないと、まだ嫁ぎ先が決まっていないミハイル殿下が選ばれたのである。

 まだ十二歳ということも踏まえ、出産が可能になる十八までは手を出さないという、妙に生々しい文言も盛り込まれ、婚約は締結されたのだった。

 そんなミハイル殿下に同行するのは、侍従の俺一人。

 パーシャル国側が、付き人はこちらで用意するから、同行者は一人でいいと言ったらしい。スパイを警戒してのことだろう。パーシャル国に戦争をふっかけるアホな国はないが、国同士の駆け引きはどうしても発生する。できるだけ負の要素は摘んでおきたいのだろう。

 そして、俺とミハイル殿下は、パーシャル国から派遣されてきた部隊に護衛され、隣国へと旅だった――。

 そこまではいい。問題は、国王に謁見した時のことである。

 大広間にずらりと並ぶ重鎮たち。緊張にがっちがちのミハイル殿下のうしろで、俺は「やべぇ」と呟いていた。

 軍部側のずらりと並んだ重鎮のほとんどに、見覚えがあるのだ。そりゃそうである。俺はパーシャル国の最前線で五年間も戦ってきたわけだから、当然、顔見知りもできる。その顔見知りの大半が、まさか騎士団の重鎮になっていたとは思わなかった。

 そのなかの一人。俺がもっとも会いたくなかった相手が、よりによって軍のトップ――元帥になっていた。

 ここでいきなりだが、パーシャル国民には他国民にはない特徴がある。

 パーシャル国は、獣人の国なのである。見掛けは人間と変わらないが、耳と尻尾がついている。また、獣人の血が濃い者は獣化もできる。魔術は苦手な者が多いが、身体強化系の術に特化しているため、獣人一人でもかなりの戦力だ。パーシャル国が、魔獣がひしめく太古の森の番人と呼ばれる由縁である。

 理由は覚えていない。覚えていないが、俺は奴と一対一で殴りあった。周囲の者たちが青ざめるレベルの壮絶な喧嘩である。その結果、僅差で俺が勝った。そして俺は地べたに這いつくばる奴に宣言した。

「お前、今日から俺の下僕な」

 獣化した奴の背に跨がって、俺は戦場を駆け抜けた。やはり獣人の脚力は違う。馬では尻込みしてしまうような場所でも、獣化した獣人は躊躇なく特攻する。俺は奴の背から魔術を使い、魔獣どもを火の海に沈めた。奴自身もその鋭い爪や強靱なアゴで、数々の魔獣を屠っていた。

 俺は五年間、奴を馬代わりに乗り回した。

 さらにけっこうな頻度で布団代わりにもした。

 そんな相手が、まさかの元帥である。

 しかも、ここは奴の国。バレたら今までの恨み辛みをまとめて返されそうだ。反撃するけど。でも面倒なので、黙っていようと思う。

 それにたぶん、バレないだろうし。

 最前線で戦っていた俺は、身なりなんか気にする余裕はなかった。長い黒髪を適当にまとめて、いつも返り血で全身を真っ赤に染めていた。毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際で、顔つきもだいぶ荒んでいたと思う。

 今は髪をばっさりと切って、貴族の子弟に相応しい気品のある服に身を包んでいる。リベル国の王族に仕える一流の侍従たちによる猛特訓の結果、優雅な身のこなしもマスターしたし、相手に警戒心を抱かせないふんわりスマイルもバッチリだ。

 あと、自分では知らなかったが、俺は意外と見た目がよかったらしい。パーシャルに行くなんてもったいないと、何人もの男性、女性に嘆かれたほどだ。

 それに、この謁見が終われば、奴とも二度と会うことはないだろう。俺の仕事は正妃となったミハイル殿下の身の回りの世話である。

 政務には専門の補佐がつくことになっているため、俺の行動範囲は王宮のみ。軍属である奴は、当然ながら王族が暮らす場所には滅多なことでは入れない決まりになっている。

 勝った――よくわからない勝利を噛み締めた時である。

 目の前に、奴が立っていた。

「久し振りだね、ラフィル」

「……バレるの早くね?」

「ああ、またあの時みたいに、僕を乗り回してほしいな」

「誤解を招くような発言はやめろ」

 ミハイル殿下が聞いてるじゃないか。しんと静まり返る大広間。軍部側から、まさか、そんな馬鹿な、という言葉が漏れ聞こえた。人違いであってほしいんだろうね。こいつとセットで、「走る厄災」とかなんとか呼ばれてたくらいだから。

 しかたないので、昔みたいにニヤリと笑ってやれば、阿鼻叫喚の悲鳴が大広間に響き渡ったのだった。失礼な奴らめ。




***END***




◇あとがき

 ネタが降ってきたので、書いてみました。

 一応、ワンコ系元帥×女王様系主人公。攻めが年上です。

 主人公は英雄レベルの活躍をしたわけですが、報償はいらないから戦死した兵士の家族に見舞金をあげてほしいと言って辞退しました。辞退しなかったら、爵位を貰ったうえで褒美として王族をお嫁さんに下賜されていました。実はその王族はミハイル殿下だったりします。

 もともと軍属ではなかったので、軍には残りませんでした。でも、軍は主人公を引き入れようと狙っていたわけですが、戦後の混乱期でそこまで手が回りませんでした。もだもだしているうちに、主人公は隣国へ。それに気づいたあと、帰ってきて〜と命令書を送りましたが、ワンコ元帥に笑顔で握りつぶされました。返すわけがない。

 時代背景は、1800年代のヨーロッパくらいかな。でも、魔術が発達しているので、火薬系はありません。鉄道や車はあってもいいと思う。騎士団か軍かで悩みましたが、軍表記にしました。サイトに置いてある異世界ものは騎士団が多かったので。

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