緑の瞳に気をつけろ
ウェルサーは暇を持て余していた。列車に揺られて早1時間。到着までまだ3時間はあると思うと憂鬱だ。出先で仕入れた宝石達を眺めるのにも流石に飽きた。ギルもある事だし、食堂車にでも行ってみるか。宝石箱に鍵を掛け、トランクをベッド下に隠す。スーツの上着の内ポケットに宝石箱の鍵を、右靴の中にトランクの鍵を隠すと、客室の鍵を掛けて食堂車へ向かう。
食堂車は昼を過ぎていた事もあり、人は疎らだった。ボックスは8つあるが、殆どが連れがいて、女好きのウェルサーとしては面白くない。一人なのは2人いたが、1人は眼帯をした金髪男……論外だ。もう1人はと盗み見ると、内心口笛を吹く気持ちだった。
長いプラチナブロンドに長い睫毛。切れ長の瞳の奥に輝くのはエメラルドのようだ。深緑のロングスカートなどで肌を露出していないのは残念だが、それでも体のラインは女性的で大変好みである。薄化粧だが服装から察するに上流階級か。視線が合うと彼女は少し驚いた様子を見せたがすぐに微笑んだ。
「1人かな? 楽しんでる?」
「ええ。初めての一人旅。でも、ちょっと退屈」
声は少女の域を脱したぐらいのようだ。正面に座ると背は同じぐらい。近くを通りかかったウェイトレスにワインボトル一本とグラスを2つ持ってくるように伝える。「お酒弱いの。眠くなっちゃうし」と拒むのを聞くとウェルサーはまた内心したり顔である。
話の通り、ワイングラスを彼女のペースに合わせて飲めば、一杯飲んだ段階で伏し目がちになる。相槌も遅く、目を擦ったり。そろそろ良いかと席を立つと隣に行き、
「良かったら僕の部屋で休むと良い。立てるかい?」
手を差し出せば彼女は手を取る。そのまま手を引き、ゆっくり自分の部屋がある一等車両へ。その間、彼女をどう抱こうかで頭がいっぱいである。処女だろうか、なに、金さえあれば口止めなどはどうにでもなる。体の相性が良ければ愛人にしてやっても良い。
再度振り返り彼女を値踏みする。眠たそうな眼は不思議そうにウェルサーを見つめ、うっすら開かれた唇が何か言葉を発そうとしていた。
それが求められていると思い込み、ウェルサーはその唇に唇を寄せて重ねた。身を引く彼女を腰から抑えて深く、深く。
「ごめんね。あまりに可愛いから」
「い、いえ……あの、私、倒れそう」
「ああ、早く行こう」
彼女を抱きたい。それに支配されたウェルサーは部屋の鍵を開けると招き入れ、向き直させると肩を掴んでソファに押し倒した。
ん? 肩が思ったより……その時。
「鍵ぐらい掛けろっての」
その声を背後から聞いて、ウェルサーは意識を失った。
次に目を覚ました時はパンツ一枚で衆目に晒され、女も居なければトランクも、靴底に隠していた鍵も失くなっていた。しかも顔面は全治1ヶ月の大怪我で。
「なーなー機嫌直せってー」
「うるさいッ! 結局お前は何もしていないだろ!」
大荷物を抱える眼帯をした金髪の男と、長いプラチナブロンドをなびかせながらも大股で歩く女。2人は裏路地に居た。女の声はテノールの男声に変わっている。こちらが元の声だ。
「しかも呑気に眺めていやがって…!」
「だってあそこで助けちゃったら水の泡だろ?」
安宿に入り、充てがわれた部屋に入った途端、女は自分の頭を引っ掴んで下ろした。プラチナブロンドは床に叩きつけられる。
次いで唇を乱暴に手の甲で拭う。まさかディープキスをされるとは思わなかった。しかも客室前の廊下で。キスの最中、ウェルサーの肩の向こうで、口を押さえながらも肩を震わせて笑っていた相棒には殺意が湧いた。
相棒ーービリーはトランクの中身を確認し、ちょちょいと宝石箱を開ける。
「あの変態もバッカだね〜。靴底に鍵とかさ。歩き方が変でバレバレだっつの。宝石はっと……んー」
「価値は」
「……それなり?」
「お前、50万は絶対持ってるって! 現金は3万しか無かったんだぞ!?」
「まーまー落ち着けって」
肩を掴めばがっちりとしたものだ。当然だ、男なのだから。男ーークライドはベッドに腰掛け俯く。なんのためにここまでやったのか、しかもコルセットまでして。今でも内臓が口から出そうだ。奴の顔面をボコボコにしても物足りない。太腿に隠していた暗器で刺してやれば良かった。
ビリーもその隣に座る。プラチナブロンドのカツラを手に取ると、またクライドに戻した。こちらを向かせるとキスしたくなる気持ちがよくわかる。
「キレイだなぁ」
「次はお前がやれ」
「隻眼の女ってどうなのよ」
オレはダメだって、うるさいもうやらん、えー勿体無いって……
ベッドの上で応酬を続ける2人。因みに宝石は後日、裏ルートで30万そこそこの値だった。
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下らない応酬をやめると、ビリーはクライドの細い顎に手を添え、ちゅ、と軽くキスをする。顔を離した途端、クライドは顔を顰めた。
「なんだ」
「消毒。ちゃんとさせろよ」
クライドを、あの男とは違って優しく押し倒す。その上に馬乗りになるとビリーはクライドの顔横に両手を付き、深いキスをする。
クライドがキスされてるのを見ていた時。笑って見てはいたが、思ったより苛立つものが強くあった。抵抗しないクライドにさえ苛立った。しかし最中に中指をこちらに向ける姿を見たら、なんだか安心した。
唾液がクライドの顎を伝う。未だに蕩けた顔は見せないが、挑発的な眼と笑みを浮かべる。それが扇情的に見えてしまうのは、なかなか骨抜きにされているのかもしれない。
クライドの胸元を露わにし、胸の詰め物を取り出す。次いで太腿に巻き付けていた護身用の暗器も外す。はだけた胸と捲りあげたスカート裾が背徳的で、ビリーの雄を刺激する。
「全身、消毒していい?」
「……抵抗しないでおいてやる」
可愛くない返事。背ける顔。それが唆られるんだけどな、と苦笑して、ビリーはクライドの首筋に顔を寄せた。