同じ羽の鳥は集う


おいしい話はないかと、ビリーはとある「カフェ」に来ていた。万年金欠のビリーはコーヒーを頼んでいるが、メニュー表はシラフな人間が見れば卒倒するものばかり。取締り対象物件もわんさかあるが、ここのオーナーが高官に賄賂を出しているため、お咎めは無し。
カウンターの女と世間話をした。帝国がナルシェと安全保障を結んだものの、ナルシェの炭鉱荒らしは続いてるとか、コルツ山の財宝探しは今のところ脈無しだとか。

「そうそう。コルツ山といえば、山籠りしてた黒いヤツ、最近見かけなくなったって〜」
「ふーん……」

黒いヤツは、ここ数年見かけられるようになった輩だ。黒装束に身を包む事からそう呼ばれている。噂では帝国の方の賞金首じゃないかと言われていて、腕に覚えのあるのが挑んだ話も聞くが、全員が行方不明になっている。
稀にこの「カフェ」に来て「仕事」を請け負っていた。選ぶ仕事は殺しのばかりで、しかも失敗しない。ビリーも見かけた事はあったが、声を掛けた事は無い。抜身の刃を思わせる身のこなしから、長生きできないだろうなとは思った。

チップを置いて店を出る。さてどうしたもんか。このまま寝ぐらに帰るのも面白くないしと、表通りへ出た。裏の方はどうもジメっとしているが、こちらは開放感があって良いとビリーは思う。屋台が立ち並び、普通の人間が普通に買い物したり、談笑したり。左目に眼帯をしているビリーを見ると、通行人は避けるように歩く。まだ何にもしてないんだけどなぁと思いつつ、手近にあった商品の林檎を囓る。屋台の主人は見て見ぬ振りをするので、有り難くそのまま頂戴して立ち去った。
中心部の方に行くと人集りを見つけた。武器防具専門店の前で、窓から10人前後が中の様子を伺おうと覗きこんでいる。

「何してんの、おたくら」
「いや、ひょろいのがバカでかいモンスターを担いで来たんだよ。なんでも買い取って欲しいって」
「ふぅん……」

人集りの一人と会話していると、中から扉が開く。
成る程、確かにひょろい。まだ顔は子供っぽいが、眼光はそれなりだ。殺しをやった事のある顔だな、とビリーは直感した。持ち込んだモンスターは売れなかったようで、左肩に担いでいる。
と、ひょろいのが無表情のまま口を開いた。

「アンタ、コレが売れる場所を知らないか?」

ビリーはオレのことか?と自分を指差す。途端、人集りの目もビリーに注がれる。まあいいか、どうせ暇だしと自分を納得させて、担がれているモンスターを見て、ビリーは目の色を変えた。



自治団の拠点を出ると、ビリーはご満悦顔。ひょろい奴の手にはギルが詰まった袋があった。ひょろい奴が担いでいたのは、最近この町の家畜を襲うようになったイプーで、報奨金が掛けられていた。更にビリーの交渉術で報奨金に追加でイプーそのものの素材代金も受け取った。特に熊胆の価値はデカい。

「いやー儲けたなぁ!」
「こんな金額になるんだな」

しげしげと袋の中を見つめるひょろい奴に、ビリーは興味を持った。自分より小さい相手を見やると、視線に気づいたひょろいのと目が合う。

「オレ、ビリー。お前は?」
「……クライド」
「クライドか。なぁ、折角だし少し話そうぜ。お前のオゴリで!」

堂々とした宣言にクライドは目を細めたが、しかしビリーのお陰でギルが手に入り、更に高額になったのだ。仕方ないと腹を括り、溜息を吐きながら頷いた。
そうと決まればと、ビリーは自分の行きつけの店へとクライドを連れて行く。表通りに面した、真っ当な店だ。安いがボリュームもあるし、昼から酒も出してるしで文句の付け所がない。ビリーがそう説明すると、クライドの険しい顔も幾分和らいだ。
店は繁盛していて、カウンター席しか空いていなかった。ビリーは案内も待たず席に着く。クライドも遅れて隣に座った。

「おやっさん、いつものとビール! クライドも、ホラ、頼めよっ」

店の手書きのメニュー表をビリーから渡されるが、クライドはメニュー表を眺めつつ、何も言わない。

「あ。字、読める?」
「読める。……ビリー、頼むとは、何を?」

ビリーはビールに伸ばした手を止めた。コイツ何を言ってるんだ。そう思ったが、クライドは真面目に、しかも些か困った感じでビリーを見る。本気で言ってるのだと思ったら、ビリーはまず質問をした。

「クライド、お前、どうやってメシ食ってる?」
「どう……モンスター狩って、普通に」
「じゃあ、こういう所で、注文して食うっていうのは初めてか?」
「記憶に無いな」
「ん。……おやっさん! いつもの追加で! あ、いつものっていうのは、メニューで言ったらコレな!」

ビリーはメニュー表の一箇所を指差した。「ピリ辛骨付きステーキ」とある。どういう物かクライドには想像できないようで、ビリーは笑って「美味いもの!」と答えた。
料理が届くまで、ビリーは他のメニューの説明をしてやった。肉料理は全メニュー食べた事があるため、事細かに教えてやれたが、魚は好まないので食べた事が無く、想像で話してやってたら、カウンターの向こうから店主の鉄拳を食らった。
そこで料理の登場である。こんがり焼けた骨付き肉が2人前、大皿に乗せられ、更にスープとレタスサラダが出される。骨付きという割には肉もしっかり付いていて、香辛料の香りが空腹を刺激する。ビリーは歓声を上げると、まずは肉をひっ掴んだ。クライドは不思議そうに眺めて、ビリーが骨を掴んで齧り付く様子を観察してから見様見真似でやってみた。

「美味い…!」
「だろ? オレが言った通り」

初めて味わった物への感動を含ませた呟きと、僅かだが上がる口角。だがそれが曇り、段々とまた無表情になっていく。

「どうした? ハラ痛いのか?」
「いや……上手く言えないが、……最近、食えなくて。体調は悪くない筈なんだが……」
「なんかあったか? 食えなくなった時期に」
「…………同行者を、……同行者が、死んだ」
「……いつよ?」
「……二十日は経つか。もっとか」

言葉に、ビリーは咥えていた骨を皿に置いた。
多分、その同行者をクライドが殺したのだろう。ビリーはそう察した。と同時に、簡単には理解できない理由もあるのだろうと思った。だからクライドを怖いと感じなかった。クライドはクライドなりに後悔というか、そういう気持ちがあるのだろう。
出会ってからまだ数時間も経って居ないが、クライドはキツいものを抱えていると、ビリーには想像出来た。裏社会に居ればそんな輩は掃いて捨てるほどだが、クライドはそれにすら気付いて居ない。自分がキツいものを抱えているという自覚がない。
今見せている無表情は、感情を消して出ているものじゃない。出す感情が無いのだ。

「死ぬなよ」
「……ああ」
「それには食わなきゃな」
「…………そうだな」

食べかけの肉をまた囓るクライド。美味いな、とまた呟く彼の肩を叩いてやった。
ビリーは不思議な感覚だった。他人がこんなに気になるのは初めてではないだろうか。親に捨てられてから十年以上経って、スレた生活をする内に他人への興味は低下していたビリーが、放って置けない、そんな気持ちを抱くとは思ってもみなかった。
なあ、と声をかければ、スープを飲む手を止めてクライドがビリーを見る。その目を見て、ビリーは決めた。

「オレとコンビ組まないか?」
「コンビ?」
「オレもそれなりに出来るし、お前の腕もいい。悪い話じゃないと思うぜ?」

そう言ってビリーはギルが詰まった袋を差し出す。クライドが持っていた、自治団の紋が入った袋だった。

「ビリーとクライド。語呂も悪くないし、どうよ?」
「……まあ、良いだろう」
「よし。おやっさん、ビール2つ!」

クライドの目は、確かにビリーへの興味があった。お互いがお互いに興味があるなら、一緒になってしまった方が話は早い。
乾杯をして呑んだビールは美味かった。


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