一限目が始まろうかという時間帯、萌花(ほうか)はまだ境内にいた。腹が減って苛々していては授業にならない。行かなければとは思うが、空腹が邪魔して立ち上がれそうもない。

今朝は一家揃って寝坊し、朝食は抜きかと思っていた。しかし、例の居候が朝食を作っていたのだ。一同歓喜する中、萌花だけが乗り気ではなかった。妖怪が作ったものを食べる、それは萌花にとって最大の試練だった。狐紅六(きくり)のことを良く思っていない萌花は、食事に手を付けようとしなかった。皆が美味い美味いと次から次に口へ運ぶのを黙って見ていたため、余計に腹が減ってしまう。

自慢にもならないが、萌花は今まで朝昼晩三食欠かしたことが一度もない。ゆえに、朝食を抜くと空腹で機嫌が悪くなるのだ。加えて気力を失くし学業への意欲も半減する。ある意味その霊感体質よりも厄介だ。

「萌花様、学校に遅れてしまいますよ」
「……お腹空いた」
「ご機嫌斜めですね……うーん、困ったなぁ」

すっかりむくれてしまった萌花を宥めようとするが、何をやっても意味はなかった。
食べ物を与えないことには解決しないだろう。

何か打開策はないものかと頭を悩ませていると、台所の方から狐紅六が手招きしているのが見えた。片方の手にはおにぎりが握られている。手招きの意味を理解した蒼弐(あおに)は、満面の笑みで狐紅六に近付く。狐紅六は心底鬱陶しそうな顔をしていた。

「自分で持っていけばいいでしょうに」
「俺では食べない」
「まあ、確かに。納得です」
「黙れ」

おにぎりの乗った皿を強引に持たせ、狐紅六はまた台所へと消えていった。次いで水の流れる音がしたということは、皿洗いがまだ残っていたのだろう。中途半端が嫌いな狐紅六が皿洗いを放り出してこれを握っていたかと思うと、頬がだらしなく緩んでいく。早速渡してやらねば、そう思い萌花の元へ直行するが、答えはもちろん。

「やだ、いらない」

予想通りの返答。差し出した直後の即答だった。何と清々しい拒否の仕方だろうか。

「どうしてです? 美味しいですよ」
「だって狐紅六が作ったんでしょ?」
「どうしてそう思うんですか。僕かもしれないでしょう?」
「蒼弐さんは料理できないじゃない」

痛いところを突かれた。狐紅六が何でも完璧にこなすため、今まで何もしてこなかったのが駄目神使(しんし)を作り上げたのだ。狐紅六に任せきりで家事を怠り、怠け者になったのは自業自得。だが、そうはっきり言われると傷付くもので。

突然彼の背後から足が伸びる。項垂れる蒼弐を蹴り飛ばして出てきたのは狐紅六だった。

「ふんぐあっ! ……な、何をするんですか狐紅六!」
「そこにあったから」
「八つ当たりも大概にしてください」

尻を押さえて不服そうに見てくる蒼弐を無視し、萌花へと向き直る。いつの間に取ったのか、今まで蒼弐の手にあったはずの皿を今は狐紅六が持っている。ずい、と無言で差し出す。

「食べろ、力が出ない」
「い、いいもんそんなの。貴方の世話には……」
「いいから食べろ」
「嫌よ」
「食べろ」

粘ってはみたものの、さすが妖怪、迫力が違う。結局は圧し負け、渋々皿に手を伸ばす。おにぎりを一つ取り口に含むと、彼は満足げに微笑むのだった。

おにぎりなんて誰が握っても同じだと思っていたのに、今まで食べたどんな料理より美味しいと思ってしまう。いや、それは少し言いすぎかもしれないけれど、しつこさの感じられない味わいは飽きることがない。彼の腕は確かなようだ。強く美しく家庭的。守護役としても世話役としても申し分ない器と言えよう。

「でも私は認めないんだから……!」

本日六つ目となるおにぎりを口に放り込み、ふんっと鼻を鳴らした。

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