帰宅すると、いつも通り蒼弐(あおに)の笑顔が出迎えてくれた。それだけで今日一日の疲れが吹っ飛んでしまう気がする。

癒されている萌花(ほうか)の隣で、静かな敵意を向けている者が一人。

「貴方が例の白蛇さんかしら?」
「え、はい。萌花様からお聞きになられたのですか? 千羽蒼弐と申しま」
「何の取り柄もない虫けらの分際で私の大切なホウに近付くなんて、本当、どいつもこいつも命知らずのゴミ虫ね」

右手にハサミを持ち、刃の開閉を繰り返す。目と目が合った瞬間に微笑まれ、蒼弐の背筋に悪寒が走った。静かな境内に響く無機質な開閉音、禍々しく美しい完璧な嘲笑。

神獣ともあらば幾度となく強力な獣や妖怪に出会っているはず。それなのに、人間であるゆうりの迫力に押されている。『強力な人間』は初めてだったらしい。

「と、とりあえずお入りください。萌花様、鞄を」
「う、うん……」
「どうやら蛇の方は身の程を弁えているようね。どこかの腐った狐野郎と違って」

狐紅六(きくり)に目を向け、口角を上げる。その明らかな敵意を受け、狐紅六は眉をひそめた。

無言で睨み合う二人の間を風が駆ける。それがぴたりとやんだかと思うと、一転、空へ舞うように鋭く吹き上がる。気を抜けば、体ごと持っていかれそうなほどの突風だ。萌花と蒼弐は慌てて二人の間に割って入り、家の中に入れた。

「狐紅六、今の気配は……」
「鴉天狗だ」
「ああ、やはりですか。常夜(とこや)のところの使えない使い魔。そろそろ動き出すだろうとは思っていましたが、本当に彼、気配を消すのが下手ですね。ま、妖術も大したことないですけど」

鴉天狗とやらを語る蒼弐の瞳には、嫌悪が刻まれていた。いつもと同じ表情のはずなのに、どこか硬い。声音も刺々しかった。狐紅六もいつもより眉間の皺が濃い。嫌な予感がし、萌花は身を震わせた。

「どうした、寒いのか」
「別に寒くないわ」
「では……怖いのか」
「っ……怖くなんて、ないわ……」

ふわりと、肩にかかる温もり。漆黒の羽織が、まるで人肌のように萌花を温めた。頭を撫でる大きな手が、安心感を与えてくれる。見上げると、狐紅六の綺麗な顔がそこにあった。目が合った瞬間、嬉しそうに微笑む。萌花は赤く染まった頬を隠すように顔を背け、蒼弐の後ろに隠れた。当然ながら、狐紅六は不機嫌そうに蒼弐を睨む。そして、ゆうりも同じく、だ。

「あら、どうしてその蛇のところへ行くの? 私の後ろに隠れなさいな」
「ゆうりちゃんだと身長差がそれほどないんだもの。でも蒼弐さんは大きいから隠れやすいの」
「……そう。その身長がいけないのね」

どこから取り出したのか、鉋を片手に蒼弐へと迫る。

「あの、ゆうりさん……? その鉋は一体……!?」
「気安く人の名前呼んでんじゃないわよ。そんな悪い子にはお仕置きが必要よね?」
「お、お仕置き!?」
「そう……その無駄な身長をこの鉋で削って、私よりも低くするのよ。そうすればホウが私の後ろに隠れられるでしょう? ふふふ……」

一切色のない、不気味なまでの声音で囁かれ、蒼弐は震え上がった。楽しそうな声を漏らすのに、目は笑っていない。そもそも、彼女の楽しみの基準がおかしい。彼女の言う『ゴミ虫』とやらを、いたぶることが楽しくてしょうがないといった顔だ。

「ああ、そうそう。ハサミもあったのよね。その無駄な身長を削られるか、長くて鬱陶しい髪を刈られるか……どちらをご所望?」

右手に鉋、左手にハサミ。後ろには壁が迫り、逃げ場はない。蒼弐が浮かべられた精一杯の笑みは、乾いたものだった。

いつものように余裕がなく、歪んだ表情。その『いつも』をゆうりは知らなかったが、大の男を、それも神の使いを言い負かし、さらには涙目にさせている。そんな状況に酔いしれ、快感を覚えた。

涙で滲んだ視界から、優越感に浸った表情だけが見える。そして、彼女を止める姿も。

「駄目だよ、ゆうりちゃん! 狐紅六はともかくとして、蒼弐さんにはいつもお世話になってるの。とってもいい神獣さんなんだから!」

この声は萌花だ。自分のために必死になって止めてくれている。

ああ、萌花様……一生ついていきます。

怯えからの涙が嬉しさからの涙に変わった瞬間だった。

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