『私に外の世界を見せてください。一日私に自由を与えてくだされば、琥珀に会わせると約束します』

真剣な面持ちでそう言われてしまっては断るに断れない。条件を呑むと共に一旦風来京(ふうらいきょう)を後にし、鬼神ノ森(きしんのもり)へと引き返した。

聞けば真白は、生まれてこの方一度も風来京から外へ出たことがなかったという。親が余程の心配性で、屋敷の外へ出るのにも許可が必要だったとか。何にしても窮屈な生活を送っていたに違いない。風来京を出た途端にはしゃぎだし、飛び跳ね走り回っている。苦労していたんだろうなと、少し不憫に思った。

「あんま派手なことすんなよ……うちの副隊長は目敏いし、鬼とあらば女でも容赦しないから」
「ふふ、怖いですね。気を付けます」

怖がるどころか、むしろ状況を楽しんでいるように見えるのだが。

「なあ、真白。とりあえず逆夜(さかや)村に連れてくけど……本当にいいのか?」
「逆夜といえばここから一番近い村ですね。そこに殺鬼(さっき)の皆さんが潜伏しているとの情報はこちらにも入ってきていました」
「……その様子じゃ何言ってもついてくる気だろうな」
「ふふ、よくご存知で」

この対角(ついかく)に出会ってからというもの、溜息ばかりついている気がした。油断すると向こうのペースに乗せられて反論する間を失ってしまう。

着物を翻し、見るもの全てに目を輝かせている真白。そんな彼女が、少し可愛らしいと思った。思ったが、そんな雑念はすぐにかき消す。真白があまりにも明るく取っ付きやすいので、忘れていた。彼女は鬼で、敵だ。上手く利用すれば里長について知ることができ、さらには鬼里に大打撃を与えることができる。彼女を人質にすれば、一気に畳み掛けられるのだ。

非情になれ、非情になれと、自分に言い聞かせた。

しばらく歩いていると、鬼神ノ森を抜け、逆夜村に入った。話に花を咲かせていた住人達も、光稀の姿を捉えた瞬間に慌てて頭を下げる。光稀は適当に会釈をし、足早に拾留(じゅうる)の部屋へと向かった。

「あの、光稀さん?」
「んー?」
「殺鬼の皆さんって、村人さん達に慕われているんですね」

琥珀と同じだわ、そう言って嬉しそうに笑う。きっと、人間と鬼の共通点を見付けたと思って喜んだのだろう。彼女はそういう女性だ。そんな考え方ができるなら、自分は今ここにいないだろうなと、人間と鬼の共存を望んでいただろうと、そう思った。

唯依のためと言いながら、鬼を殺せない自分。殺鬼に入ったのだって唯依のため。それは裏を返せば唯依のせいだと言っているようなもの。全てが中途半端で、何一つ自分の意思で動けない。いつも『唯依のため』と彼女に責任転嫁し、逃げ道を作っている。

本当は、混じりけのない美しい笑顔を向けてもらえるような、その笑顔に見合うような綺麗な人間ではない。殺鬼の中にも、唯依の中にも、そして真白の中にも、光稀は居場所を見付けられずにいた。

「それは他の連中の話。俺は……慕ってもらえるようなこと何もできてないから」
「そうでしょうか? 光稀さんは思いやりのある優しい方だと思いますよ?」
「思いやり……優しい、か。…………なあ真白、俺……お前が思ってるほど綺麗な人間じゃないよ」

ふっと寂しげな笑みを零した後、目的地へと足を踏み出した。非情になりきれない自分が、美しいものに見合えない自分が、目的を定めきれない自分自身が、怖い。真白が何気なく発した『優しい』という言葉が、呪いのように光稀の心を縛った。

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