彼の地へ抱く闇と光の協奏曲
二十五世紀末。地球はある二つの種によって支配されていた。西側をヒューマン、東側を魔族。両者の対立により、支配下にあった他種族は苦渋を強いられることとなる。
対立の火種となったのは『能力』。数十年前に発見された特殊な遺伝子『血闇体(けつあんたい)』を組み込むことで、本来生物の持つ力を抑えることなく引き出せる。種族により現れる能力は様々だが、その全てが普通に生活していて手に入れられるような力ではなかった。
能力開発の権限は魔族が有していた。当然ヒューマン側は面白くない。血闇体を発見したのは魔族の学者だが、遺伝子に血闇体を組み込んで能力を安定させることに成功したのはヒューマンの学者だったからだ。
斯くして勃発した東西大戦は、百年以上経った現在でも冷戦状態が続いている。だが、西側の勝利は目に見えて明らかだった。第一次、第二次と圧倒的な戦力差を見せた西側。武力によって東側を抑え付け、能力開発の権利も剥奪した。魔族と、東側の勢力だったダークエルフ、獣人の一部の種族は土地を奪われ、支配され、迫害を受けていく。能力者を生み出す術を持たない東側は、西側が導入する強力な能力者の前にあまりに無力であった。
第三次東西大戦が始まり冷戦状態に入ると、ヒューマン達は西と東の中心部……中立地帯に収容所を創設した。東側の能力者を捕らえるため、そして新たな能力者を生み出すために。
――静けさを携えた深い森の中。鴉が怪しくその瞳を光らせ、不気味に鳴いてみせる。
「があぁぁぁぁぁっ!!」
鳴き声を掻き消すほどの鋭い絶叫。木霊するそれが皆の恐怖心を煽った。
殺さなければ殺されるという極限状態の中、捕らわれぬようにと息を殺す。けれど、皆が皆平静を保っていられるわけではなかった。先程の叫び声に乱された思考は、そう簡単に元には戻ってくれない。ほとんどの者が混乱し、隠れていたところから離れていく。逃げ場を捜して……森の出口へとひた走る。だがその行為は己の首を絞めるだけだった。
木の陰に身を潜めていた一人の青年。その美しい顔立ちの青年によって無惨にも斬り捨てられる。地に落ちていく体を横目に、彼は仄かに笑みを浮かべた。
「ったくあいつはよ……」 「実戦と同じく対となる部隊の追撃が許可されているとはいえ……あれはいくら何でも……!」
迷うことなく『級友』を斬り捨てた青年。彼の残忍さには、木の上で一部始終を目撃していた二人も心成しか胸を痛めているようだ。特に少女の方は怒りを露わにしていた。
「アル君にアグノちゃん、文句があるなら下りてきなよ。そこにいるのは分かってるからね」
こちらを見ることもせず言い当てた青年に苛立ちを感じながら、少年は地に降り立つ。続いて少女も不安げに降りてくる。
「そんなに警戒しなくてもいいんじゃない? そういうの、ちょーっと傷付くよー」 「なら警戒されないように普段から大人しくしておけよ」 「それは無理だなぁ……何せ僕、知りたいお年頃ってやつだからね」 「ちっ……相変わらず胡散臭い奴」 「あはは、褒め言葉だよそれ」
皮肉も嫌味も彼には効かないらしい。同じ部屋で過ごすのも今年で二年になる。彼の性格はこの一年で嫌というほど理解しているが、いつまで経っても慣れる気がしない。慣れたら恐ろしいとさえ思っている。あきらめている者は多いが、可愛らしい耳を持つ少年はいちいち反応してしまう。何と不便な性か……。
「にしても他は何やってんだ? お前、ラウトやリートと同じチームだっただろ」 「キルバス公はともかく、あんな笑えない子と一緒にいられないよ。まあ元々単独行動が好きな二人だから、これは自然な流れだったのかもしれないけど」 「単独行動は禁止されています! 貴方達三人が優秀であることは周知の事実……けれどリート様は女性なのですよ!? 一人にするなど以ての外です!」
捲くし立てるアグノに溜息をつき、彼女の顔を覗き込んで頬を緩めた。その表情はいつもと同じ『読めない』もの。こんな顔をした時のイルは決まって良からぬことを考えている。何を企んでいるのか分かったものではない。
「今日はやけにつっかかるね?」 「そんなこと……当然のことを言ったまでです。貴方にそこを指摘される謂れは……」 「ほら、キルバス公みたいになってる。知ってた? アグノちゃんには怖いって思うと人に当たる癖があること。急に冷たくなる。それも君の実家が原因?」
ひやりとした空気が流れる。
恐らくこの男は、全てとはいかないものの自分にとって不利な情報を掴んでいる。それが彼の趣味であり特技でもあるからだ。何故か入寮当初から興味を持たれているアグノは、謎解きの格好の餌食となっている。特に彼女の実家に関しては思うことが多いらしく、イル曰く『謎の宝庫』。まったく、有り難迷惑な話だ。
「……取り乱してしまったことは謝ります。でもこれだけは言わせてください……『殺し』をそんな顔で行わないで……!」
後口の悪さを感じていない涼しい顔。誰かを殺すことに戸惑いも感じていない。 ついでに言うならいつもと同じ『読めない笑顔』だ。何を胸に秘めているかも分からない。もしかしたら顔に出さないだけで傷付いているのかもしれない。そう思うと、大きなお世話だと分かっていても口を出さずにいられないのだ。
「傷付くことは恥ではありません。ですから……!」 「んー……ちょーっと誤解しているようだから言っておくけど」
――僕は笑えないものを壊すことに躊躇いなんて感じないよ?
いつになく真剣な瞳と貼り付けられた笑顔がひどく恐ろしかった。
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