・男主(少年)はトリップしてきた子
「マルコ、それちょうだい?」
「これかい? 別に構わねぇが…」
「あいがと!」
そんなものどうするんだ、と疑問に思いながらマルコがチェック柄の包装紙を手渡してやれば、幼い子供はにっこりと笑って礼をかえしてきた。
白ひげ海賊団に保護されたフィンというその子供は、異世界の住人だった。『グランドライン』を知らず、『海賊』も『海軍』もいない平和な場所で育ったらしい彼は、いつの間にかすっかり家族に馴染んでしまった。わがままを言わず、親を求めて泣くこともなく、自分にできる精一杯で役にたとうとする幼子が可愛くて仕方がないのは当たり前だろう。
そんな可愛い末っ子は、最近、綺麗な紙を集めるのにハマっているらしい。マルコがそれに気づいたのは、たまたま自分の部屋にあったものを渡してしばらく経ってからだった。
「あいがと!」
「はい、どういたしまして」
今もまた、ナースにもらった花柄の紙を大事に持って、廊下をとたとたと歩いていく。そのあとを追ってみれば、小さな背中は自分のスペースのある大部屋に消えた。
「フィン? なにしてんだよい」
「あ、マルコだ。えっとね、おりがみするんだ」
オリガミ? とマルコが問えば、フィンが、これ! と見せてきたのは、先ほどの包装紙を正方形に切り抜いたものだった。どうやら、自分で切り抜いたらしい。傍らには定規とハサミが転がっていた。
「せんばづる、折るの」
こーやってねー、と小さな手が正方形の紙を折りたたんでいく。そうして丁寧に作り上げられたのは、どうやら鶴らしい。
できた、と手渡されたそれを受け取って、すごいもんだねい、とマルコが頭を撫でてやれば、小さな子供は嬉しそうに笑った。
「でもね、ようちえんで習うから、おれのいたところじゃみんな折れるんだよ」
「へえ、そりゃすげェな」
かんたんなんだよ、と笑ったフィンは、マルコの手から鶴を受け取ると、傍らに置いた箱を開く。その中には、色とりどりの紙で折られた鶴が収められていた。そこに花柄のそれを加えて、フィンは満足そうにひとつ頷いた。
「そんなに折ってどうすんだよい。そういう遊びか?」
「ううん、せんばづるなの。つるをね、せんば折るんだ。それで、オヤジにあげるの」
「オヤジに?」
「うん。えっとね、せんばづるって、病気がなおりますようにっておまじないだから」
おれがんばるよ、と小さな手が新しい紙を折りはじめるのを眺めながら、マルコは千羽ねい、と呟いた。
どう見たって箱の中に収められた鶴は、百にも満たない。どうやら、先は長いらしい。
「これだと、一年以上かかるねい」
「…そんなにかかるの?」
「かかると困るのかよい」
「だって早いほうがいいと思う。オヤジに元気になってほしいから」
どうしよっか、なんて困った顔をした子供は随分と健気で、マルコが協力してやりたいと思うのは当然だった。
『センバヅル』というおまじないにどこまで効果があるのかは知らないが、オヤジは喜んでくれるだろう。
何と言っても、贈り主がこの小さな弟なのだから。
「なぁ、フィン。うちには何人クルーがいると思う?」
「えっと…いっぱい?」
「千六百人だよい。お前が教えて皆で折れば、すぐ千羽だ」
たぶん超えちまうけど、 と付け足したマルコに、フィンは驚いたように大きな瞬きを二つ。それから、本当に!? と珍しく大きな声をあげた。
「すぐ? すぐ千羽になる?」
「ああ、なるよい。千羽以上になっちまうけどねい」
「きもちが大事だから、いっぱいでもだいじょうぶ!」
「じゃあ、まずは俺に教えてくれよい」
分かった! と楽しげに頷いた子供を膝に抱き上げて、マルコはその手が器用に紙を折るのを真似ていく。
違うよ、こうだよ、なんて時々注意をうけながら、やがて小さな鶴が完成した。
「これなら、他の奴らでもできそうだねい」
「じゃあ、おれせんせいね!」
「ああ、任せたよい」
可愛い末っ子の可愛いおまじないに協力しようと、大の男たちが悪戦苦闘しながら小さな鶴を折りあげたのは、それから少し後の話。
幼子と家族の千羽鶴
少しだけ歪なものが多いそれを、勿論オヤジは笑って受け取ってくれた
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