長編 | ナノ


  姿くらまし


 私はただ、サッチを助けたかっただけなのに。助けようとしていたはずなのに、どうして、こんな状況に陥ってしまったのだろうか。
 皆が険しい顔をして私を見ている。武器に手をかけて、まるで敵を見るみたいな顔をして。

「待って、お願いだから話をきいて」

「聞くまでもねぇだろう!」

 私が見つけた時にはサッチを襲った犯人はすでにどこかに逃げ出していて、誰が刺したのかなんて分からない。けれど、応急処置が優先だ、と刺さったナイフを引き抜いて、それを持ったまま呪文を唱えていたのがいけなかったのだろうか。駆けつけた彼らには、まるで、私がナイフと魔法でサッチを殺そうとしていたように見えてしまったらしい。
 やめろ、と無理やり引き剥がされて、どうしてか私が糾弾されることになってしまった。

「みんな、勘違いしてるの。私は、ただ応急処置をしようと思って、」

「本当に治すための魔法だったのか!?」

「魔女の言葉なんて信じられるかよ!!」

 頭に血がのぼっているのか私の言葉は届いていない。以前から、何人かの信心深いクルーたちが『魔女』を怖がっているのは知っていた。それが、こんなところで噴出してしまったらしい。恐怖は疑惑を呼び、それは怒りと暴力に変わってしまうものだ。

「魔女である前に家族じゃない。ね、信じてよ」

「そもそもおかしいだろ! なんで魔女を船に乗せたんだ!」

「オヤジ様がそう認めてくれたからでしょう!? 今さら、何を言ってるの!」

「それがおかしいんだよ! お前が何かしたんだろう!」

 一度溢れた言葉は止まらない。そうだ、と誰かが肯定を口にした。同意の輪が広がっていくのが分かる。異常な状況に、皆が混乱していて、声高に叫ばれる主張が正しく聞こえてしまうのだろう。

「魔女なら、魔法で相手の心を操るなんて簡単だろ!」

「ああ、そうだ!! そうやって俺たちの間に入り込んだんだ! マルコ隊長の恋人にだって!」

「っ…」

 否定する言葉は誰の口からも出ない。誰も、マルコさえも、何も言ってくれなかった。それどころか、その目はどこか警戒するようにこちらを見ていた。
 一瞬で全身から血の気が引いた。張り裂けそうなほど胸が痛む。動悸がひどくて、いっそ吐きそうだ。結局、私はその程度でしかなかったのか。こんな、一方的に糾弾されるほど、信頼されていなかったのか。愛していたのに、心の底から大切だと思っていたのに。だけど皆は違ったらしい。

「…マルコ」

 思わずこぼした呼びかけは縋るように震えていた。返答はない。それが答えだった。結局、わたしは愛されてはいなかったのだ。
 誰か一人でも感情に任せて、違う、とソフィアはそんなことしない、と言ってくれたら。きっと、それだけで救われたのに。立っていられたのに。マルコが、そう言ってくれると思ったのに。

「あい、してるの…。ほんとう、よ?…、あい、されては、いなかったけど」

 この船に私はいらなかった。それだけのこと。穏やかで幸せな淡い夢を見ていただけ。ああ、もう、消えてなくなりたい。

 ぶつん、と耳元で大きな音がした。

ーーーーー

 ざぁざぁ、と静かな砂浜には波の音だけが響いている。冷たい波が足を撫でてては引いて行く。どれくらい呆然としていただろう。吹き抜ける風に体が震えて、ふと我に返った。
 どうやら、魔法の制御がうまくいかなかったらしい。勝手に姿くらましをしてしまったのか、遠くに来てしまった。こんなの、子供の頃だってやらなかったのに。

「……ひとりには、なれてる」

 だから、そう、大丈夫。誰にも愛されなかったあの頃に戻っただけのこと。なにも、なにもかわってはいない。

「…っ、う、…、ぅえ」

 それなのに、ひくり、と喉がしゃくりあげて、上手く呼吸ができない。立っていられなくて、その場にへたりこんでしまう。ローブとネグリジェの裾に海水が染み込んで重さが増した。
 くるしい。胸がいたい。いたくて、いたくて、いたくて。いっそ死んでしまいそう。こんな思いをするくらいなら、愛なんて知りたくなかった。最初から一人なら、こんなにも苦しくなることはなかったのに。



prev / next

[ back to top ]