ルーモス
「『ルーモス』」
呪文を唱えれば、杖の先に小さな青白い明かりが灯る。カンテラの代わりはこれで十分だろう。どうにも眠れないから、いっそ諦めて甲板に出る。こういう日は星を見るのが一番だ。
世界が違ってもなぜか星空はほとんど変わらない。少し懐かしい気分になった。
「ソフィア、眠れねぇのか」
「そういうサッチこそ。こんな時間にどうしたの」
「おれは見張りの連中に夜食届けてきたとこだ。もう寝る」
もう寝る、というくせにサッチは船内に戻ろうとしない。たぶん、気を使ってくれているんだろう。夜に1人で甲板に出てくる理由なんて、あまりいいものではない。そう思われても仕方ないから。
「別に怖い夢を見たとか、何かに悩んでるわけじゃないから平気。気にしてくれてありがとう」
「…ならいいんだけどよ」
「…疑ってるでしょ。さっきまで薬の調合してたから目が冴えちゃっただけよ」
寝る前にやることじゃなかった、と少し後悔してる。でも夜じゃないとできない調合なんだから仕方ない。魔法薬にはそういうものもある。睡眠薬はとても上等なものを持っているけど、苦いからあまり使いたくない。
本当に平気よ、と念を押すように繰り返せば、サッチは、そうかよ、とやっと頷いてくれた。
「眠れないから、星でも見ようと思っただけなの」
「星眺めて楽しいのか? おれにはよく分からねぇな」
「ええ。星空は色んなことを教えてくれるから」
例えば世界の大きな動きとか、なんて魔女らしいことを言ってみる。サッチは占いみたいなもんか、と首を傾げた。そう。星占いのようなものだ。
見える星が同じだからと言って、同じように出来ているのかは分からない。占い学は魔法の中でも特に不確定要素の多い学問だから、尚更に。それでも、夜空に輝く星を辿れば不思議と気持ちが落ち着いてくるから、眠れない夜は星を眺めるに限る。
「それで? 何かお分かりですか、魔女サマ」
「そうね…。偉大な魔女が予言を授けましょう。貴方は明日のティータイムにチョコレートケーキを作ることになる」
「…それ、ソフィアが食べたいだけだろ」
バレた? なんてわざとらしく肩を竦めて、くすくす笑う。軽口の応酬が楽しい。
意外と律儀なサッチが、しょうがねぇな作ってやるよ、なんて言うから、ふざけた予言は大当たり。明日のティータイムはとても有意義な時間が過ごせそうだ。
「さ、馬鹿なこと言ってないでもう寝ましょ。そろそろ寝られそうだから」
「そりゃ良かった」
心配して付き合ってくれていた優しい男を促して船内に戻る。本当に見えた予兆については口にしない。
災いと、偉大な人の死。今日の星模様は、校長先生が亡くなる前に見たものとよく似ていた。
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