長編 | ナノ


  ハナハッカ


 海賊として生きていくと決めてから、戦闘に躊躇いがなくなったと思う。禁じられた呪文だけは、本当に追い詰められた時の最後の手段以外で使うつもりはないけれど、それ以外の攻撃に迷いが減った。自然と威力も上がって、少しだけ強くなった気がする。先日、更新された手配書は金額が500万ベリーほど引き上げられていたし、海賊らしくなってきたのだと思う。

「…痛むよな」

「少しだけ。いまは鎮痛剤が効いてるみたい」

 けれどまだ、こうして、傷を受けるくらいには、未熟で弱いところがあるらしい。
 私は癒者ではないから、応急処置程度の魔法しか使えない。幸い、ハナハッカと適切な処置のおかげでそれほど深刻な傷ではなくなったけれど、斬りつけられた右肩の傷は未だに鈍い痛みを伝えてくる。
 青い炎を纏った手で、そっとそれをなぞるマルコの眉間に皺が寄っている。なぜか傷を受けた私より痛そうな顔をしていて、思わず笑ってしまった。

「なに笑ってんだよい」

「だって、マルコの方が痛そうな顔してるから」

 皺が寄ってる、と自由な左手で眉間をぐりぐりと揉んでやれば、マルコはやめろ、と大きなため息をつく。息を吐き出して落ち着いたのか、その表情からは少しだけ険しさが消えた。

「どうしてそんなに不機嫌なの?」

「…守ってやれなかったから、自己嫌悪だよい」

「マルコが責任を感じることじゃないと思うけど。私が弱かっただけ」

 敵味方が入り乱れる戦場で、たった1人をずっと気にかけるなんてできるわけがない。これは、私の未熟さと油断が招いた結果であって、マルコに責任は一切ないはずだ。

「それに私、魔女よ? 守られるだけのお姫様じゃないんだから」

「それでも、おれは、お前を守りたいと思ってるし。惚れた女を大事にしてぇんだ。許せよい」

 それを言われてしまえば、もうなにも言い返せなくなるからマルコはずるい。
 ずるい人、とこれ見よがしに頬を膨らませてみせれば、マルコは許せって、とやっと笑ってくれた。


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