水色の不死鳥
両手を拘束されたままでも、案外戦えるものだったらしい。目の前には倒れた男達の山。死んではいないけれど、屍の山と形容したくなる光景だ。
「…強えじゃねぇかよい」
「そっちこそ。私の力なんて必要ないくらい強いじゃない」
今更、取り繕うのも面倒だから敬語はやめる。貴族の仮面は中々に疲れるものだし。
マルコは驚いたように目を瞬かせ、少し嬉しそうに笑った。何なの。
「お前やっぱり、そっちの方がいいよい」
本当にこだわるな。そういえば、グリフィンドールの双子もそうだった。距離が遠い気がするから止めてくれ、と懇願されたのが懐かしい。
だとしたら、マルコは距離を置かれるのが嫌だったのだろうか。よく分からない。分からないから、考えない事にする。
それより、この枷を何とかしたい。そろそろ腕が疲れてきた。
「『アクシオ』鍵」
杖を振れば、倒れた男の懐から黒い塊が飛び出してくる。受け止めてみれば、それは鍵の原型をとどめていない鉄の塊だった。
…なんで溶けてるの。
「…悪い、多分エースだ」
「…そう。マルコ、ちょっと持ってて」
エースが溶かしてしまったらしい鍵(別名鉄の塊)をマルコに持たせ、杖先を向ける。ここまで原型をとどめていない物が修復呪文で直るだろうか。
「『レパロ』」
不安ながらも杖を振れば、案の定というかなんというか。一応鍵の形には戻ったが、肝心の差し込む部分はぐちゃぐちゃのまま。
やれやれとため息をついたマルコが、使えない鍵をぽいっと放る。見事にエースに当たったから多分狙ってたんだろう。
「船に戻りゃあ、そいつが斬れる奴らがいるから、それまで我慢しててくれるかい?」
「…仕方ない、か」
壊せねぇこともねぇが、俺がやると怪我させちまうから、と頭を掻くマルコは結構優しいらしい。
「それに、手当てと礼もしなきゃならねぇからよい」
不意に距離が近づいて、つっと長い指が首筋を辿る。何故か抵抗なく受け入れてしまったそれが、流れた血を拭い取った。意外と出血していたらしい。
治療系の呪文は疲れるからあまり使いたくないし、ここは、お言葉に甘えることにしようか。
「その格好じゃあ目立ってしょうがねぇから、乗せてってやるよい。特別だ」
「乗せてってやる?」
一体何に? と疑問を抱えながら、マルコに続いて外に出る。
見てろ、と何かを企むように笑ったマルコの腕が、青い翼に変化した。美しい空の色だ。透き通った青は、あの子の瞳の色に似ている。それは、私の大好きな色だった。
「…悪魔の実?」
「ああ。俺のは不死鳥だよい」
言いながら、その姿が完全に不死鳥に変わる。惹かれるままに手を伸ばして触れれば、柔らかな羽毛が心地良い。不死鳥と呼ばれる存在と、ここまで身近に触れ合えるなんて夢のようだ。魔法界の不死鳥は珍しすぎて、実物を何度か遠目で見ただけだから。
「くすぐってぇよい」
咎めるような言葉は、何処か笑いを含んでいたから、そんなに怒っているわけではないのだろう。
乗れと促されたので、不自由な手でその背にしがみつけば、ふわりと浮遊感。姿勢を楽なものに変えれば、頬に柔らかな風があたった。
目の前には海と空。薄青に包まれるような不思議な感覚は、美しい不死鳥の背だから味わえるものなのだろう。
「…素敵」
思わずこぼれた本音はマルコに聞こえていたかもしれない。それでも構わないと思えるほどに、薄青に包まれるのは心地良かった。
水色の不死鳥
美しく雄大なその姿と、不思議な感覚が記憶に焼き付くようだった
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