藤色の好奇心
グランドラインには色んな人間がいるから、どんな奴に会ってもそう驚きはしねぇんだが、流石にその女には驚かされた。
何てったって空を飛んでいたんだから。しかも箒で。おとぎ話の魔女かっての。
そんなことを思っているうちに、上から近づいてきた女を警戒して、血気盛んな若いのが銃を抜く。止める間も無く放たれた銃弾を、女はひらりと躱してみせた。
鈍色の髪と黒いローブをなびかせて、女は身軽に銃弾を躱していく。ぐるりと宙返りまでして見せる余裕っぷりで、戯れに足を狙っても見えない何かに弾かれる。
「…こいつぁ、面白い」
中々の獲物に自然と口角が上がった。致命傷になりそうな場所以外を狙うが、やっぱり弾かれる。弾くってことは避けられねぇってことだろうな。
なんだか楽しくなってきたところで、女が突然箒の向きを変えた。そのまま勢いに乗って急降下したかと思ったら、甲板の中央に華麗に着地して見せた。
距離が近くなって改めて女を見れば、その美しさに気付く。刃の様だと思った。鈍色の髪は勿論だが、女の纏う凛とした空気が、刃の様な美しさを作り上げていた。
…飾ってみてぇな。この女。
「てめぇ、何者だ!」
「何しに来やがった!」
その問いに、女は不愉快そうに顔を歪めてため息をつく。
「人に名を尋ねるなら、まずは自分が名乗るもの。あと、先に攻撃してきたのはそちらのはずなのだけど」
吐き出された正論に、黙り込む男達。なんだこの状況。面白すぎんだろ。
「ふ、くくっ。そいつぁ、すまなかった。いくら撃っても当たらねぇから、ムキになってたんだよ」
「…一番遊んでた男がよく言う」
「あんだけ撃っても当たらねぇ奴なんていないんでね。楽しくなっちまったのさ」
緋色の瞳が訝しげにこちらを向く。楽しくなっちまったのは事実だから、隠すつもりもねぇさ。
ただ、俺の銃弾を弾いた『何か』は気になる。あの距離じゃ、よく見えなかったしな。
…気になるなら、やることは一つか。
藤色の好奇心
藤色を纏う男は、鈍色の女に興味を持った
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