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  誕生日



 ぴこん、と可愛らしい音をたてた携帯を手に取れば、画面には友達からのメッセージ。『遅くなったけどお誕生日おめでとう! こんど遊びに行こうね』と今日という日を祝ってくれている言葉にお礼を返しながら、ため息を一つ。友達からのお祝いが嬉しくないわけじゃない。けれど、1番祝ってほしい人からの連絡は、ベッドに入ったこの時間になっても届いてはくれなかった。

「…左馬刻のばーか」

 口に出したところで何が変わるわけでもない。揉め事でしばらく手が離せねぇから、と連絡があったのが一週間前のこと。それ以来、すっかり音信不通の恋人は、今日になってもなんの連絡もしてくれない。
 少し、ほんの少し期待して休みを取ったけれど、無駄だったらしい。やることがないから、家中の掃除をしてしまうくらいには、誕生日らしくない1日になってしまった。
 こうして、連絡が取れなくなることは以前から何度かあったし、仕方のないことだと理解はしている。別に今日だって特別なことをして欲しかったわけじゃない。ただ一言、おめでとう、と言って欲しかっただけ。左馬刻はなんだかんだと律儀な人だから、面倒ごとが片付いたら改めてお祝いをしてくれるのは分かってる。それでも、当日にメッセージの一つもないのが少しだけ寂しかった。
相変わらず鳴らない携帯を枕元に放り投げてまたため息。期待しても仕方ない。今日はもう眠ってしまおう。
 そう思ったのに、不意にインターホンが鳴る。

「…さまとき?」

 こんな時間に訪ねてくる相手なんて、彼か、そうでなければ不審者だ。恐る恐るベッドから抜け出してモニターを確認すると、画質の悪い画面には居心地の悪そうな左馬刻が映っていた。
 …日付が変わる前にわざわざ会いにきてくれた。先に連絡を入れてほしかった、とかそんなことはとりあえず置いておいて、慌てて玄関に向かって鍵を開ける。 

「…わりぃ、遅くなった」

 ドアを開けた私を迎えたのは、モニター越しには見えなかった花束。やる、とぶっきらぼうな言葉と共に差し出されたそれを、戸惑いながら受け取れば、左馬刻はバツが悪そうに私の頭を撫でた。

「本当は色々してやりたかったんだけどな…。今日はコレで許せよ」

 次の休みにはちゃんと祝ってやるから、と勝手にデートの宣言をしてくる自分勝手な男。だけど、彼が今日に間に合わせるために頑張ってくれたことはなんとなく分かる。だから正直、この花束だけで十分なんだけど、少しだけ意地悪がしたくてわざと拗ねたフリをする。

「おめでとうって言って。それで許す」

「…誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとな」

 名前を呼ぶ穏やかな低い声が耳に心地よい。
そっと抱きしめられて、もうそれだけで幸せなのに、左馬刻は来年は当日に祝ってやる、と嬉しい約束をしてくれた。


ーーーーー



 厄介な揉め事のせいで、かれこれ一週間はあいつと連絡を取っていない。可愛い俺の女。今日はあいつの誕生日だってのに。
不意に音信不通になっても、文句一つ言わずに待っていてくれる。それが、あいつの忍耐力の賜物だってのはよく分かっていた。だからこそ、記念日くらいはちゃんと祝ってやりたかったのに。
時計を確認すればもう随分と遅い時間を指していて舌打ちが溢れる。電話かメッセージで今日は済ませてもいいのかもしれない。けれど、どうしても顔を見て祝ってやりたかったから、車を走らせて彼女の家を訪ねた。
なんとか用意した花束を背中に隠して、インターホンを鳴らす。少し待てば鍵を開ける音。

「…悪りぃ、遅くなった」

 ドアを開けていきなり花束を差し出されたせいか、戸惑ったような顔をするパジャマ姿の恋人に、少しだけ罪悪感が湧く。本当は朝から連れ出してやる予定だったのに。そっと頭を撫でてやれば、シャンプーの甘い匂いがした。

「本当は色々してやりたかったんだけどな…。今日はコレで許せよ」

「…おめでとうって言って。それで許す」

 花束で顔を隠して吐き出された言葉とは裏腹に、その声音はあまり怒っているようには聞こえなかった。たぶん、拗ねたフリをしているんだろう。そうやって、俺の気を引こうとする様子に愛おしさがこみ上げてくる。

「誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとな」

 抱きしめて名前を呼んで、一番伝えたかった言葉を告げる。出会ってくれて、ありがとな、と。ついでに、来年は当日に祝ってやる、と一つ約束を取り付ければ、可愛い可愛い俺の女は、うん、と幸せそうに頷いてくれた。


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