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  こぼれ落ちた祝福


夢主ちゃんが尾形の妹とか、なんかそんな話。

尾形百之助には妹がいた。双子だというのに顔以外は全く似ていない、天真爛漫な可愛らしい妹が。
まるで祝福されて生まれてきた子供のように、純粋で愛らしい彼女は、あにさま、と尾形を呼んで、いつも楽しそうに笑っていた。
ちょろちょろと後ろをついて歩く妹の手を引いてやるくらいには、尾形は彼女を愛おしく思っていた。あにさま、と慕ってくるのに救われてすらいた。

けれど、妹はある日行方不明になって、尾形のところに戻っては来なかった。近くの村にお使いに行って、それきり、その行方は分からなくなってしまった。
見つかったのはボロボロになった着物だけ。妹が好んで着ていたそれを、尾形が間違えるはずもない。結局、人攫いか野盗に襲われたのだろう、と片付けられた。あの子のことは諦めよう、とそう言った祖母は随分と泣いていた。
尾形の記憶の中の妹は、小さい時の可愛らしい姿のままだ。だから、すぐには気づけなかった。
あにさま、とどんな客相手でもそう呼びかける、少し狂った娼婦が、あの日行方不明になった妹だなんて。

みたいな。小さい頃に人攫いにあった妹ちゃんは紆余曲折を経て、北海道に落ち着いた。でも壮絶な経験をしたのか少しおかしくなってる。
心が壊れてしまった彼女は、いつもどこかぼんやりとしていて、時々、子供のようにくすくす笑う。
「あにさま、あそんで、あにさま」と袖を引く手を、尾形は振り払えなかった。

そんな感じの妹ちゃんといろんなやつらがお話ししたり、しなかったり。

尾形は彼女のところに通っては「なあ、今日は楽しいことはあったか?」なんて取り留めもない話をしてる。「あにさまに教えてくれるか?」って。「あにさま、いっしょ、たのしい」分かっているのかいないのか、妹はくすくす笑う。

男の人は必ずあにさま、って呼ぶ。でも、その場に複数男の人がいたら、誰か一人をあにさまって呼ぶ。残りの人はだんなさん、とかおじさん、とか。誰をあにさまと呼ぶかの基準は分からない。でも、尾形のことだけは必ずあにさまと呼ぶ。
そういう、時々、なにか覚えているような素振りをみせたりするよ。「あにさま、今日はてっぽううたないの?」とか言う。

・妹ちゃんと鶴見中尉とか
「あにさま、と呼ばれるような歳ではないのだけれどね」なんて言いながらも妹ちゃんを愛でている。「ほうら、お土産だ」って会うたびに玩具をくれる。完全に少女として扱ってる。
「ありがとぉ、あにさま」と無邪気に笑った妹ちゃんは、貰った手毬をてんてん、とついてしばらく遊んで、飽きてしまったのか不意にぽい、と投げて中尉の背中にぶつけるよ。それでくすくす笑う。何か楽しかったのか手毬を拾っては投げてくる妹ちゃんだよ。中尉はただ愉快そうに笑ってる。
「こらこら、痛いからやめなさい」「やあ、あにさまいじわる」いやいや、って手毬を抱えてぐずっちゃうから中尉は仕方のない子だ、って許しちゃう。
むしろ周りが冷や冷やしてるやつね。

・勇作さんと妹ちゃんと尾形さん
控えめに言ってしんどさが増した。兄様と呼ばれるたびに妹のことを思い出して、そう呼んでいいのはあの子だけだ、とか思ってたかもしれない。そんな尾形さんだ。
しかも勇作さんがどっかで妹ちゃんの話知ったら「私には姉様もいたのですね」
お会いできなくて残念です、とか悪意なく尾形の古傷抉りにくるからね。
勇作さんは娼館に行くイメージないから妹ちゃんとは出会わないかな。でもなんかどっかで出会ったら妹ちゃんはなぜか絶対にあにさまって呼ばない。「ゆーさく、いいこ」って弟にするみたいに頭なでてたりするかも。
それ見た尾形さんが複雑すぎる感情を持て余すやつ。多分、誰も教えないから妹ちゃんは勇作さんが死んだの知らない。もし誰かが教えても「だぁれ?」って言う。分かってない。そういう子。



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