いまはもういない人
5年前の連続殺人事件の犯人が逮捕されたことは、世間では大きなニュースになっている。その裏に風見の有能すぎる上司と、あの小さな名探偵の活躍があったことは知られていない。
『女性ばかりを狙う連続殺人。被害者はいずれも20代から30代でした』
出勤前に適当につけたテレビのワイドショーでは、事件について好き勝手な推察や意見が垂れ流されている。誰かが提供したのか、被害女性の写真の中には風見の妻のものもあった。集合写真を拡大したような不鮮明なものだから、きっと彼女と大して親しくもない誰かからだろう。
「…志乃」
ふと目を向けた写真立ての中では、テレビに映ったものとは比べ物にならないくらい鮮明で美しい姿で妻が微笑んでいる。今飾ってある1枚はキッチンで料理している時の姿を収めたものだ。
仕事柄、自分が写れない分、妻の姿を多く残そうとシャッターを切ったから、アルバムの中にはたくさんの彼女の笑顔が保存されている。日常の何気ない瞬間から、どこかに出かけた時の特別な瞬間まで、沢山の写真が。
『若い女性ばかりなんて、許せませんよね』
タレントが口にする無責任な同情を聞き流してテレビを消す。遺族と呼ばれる立場の風見にはあまり気分の良いものではなかった。
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「…志乃、しばらく来られなくてごめん」
墓前には不似合いなひまわりの花を手向け、手を合わせる。彼女の好きな花を、と選んだひまわりは夏の日差しによく映えた。
色々と無茶を通したが故の事件の後処理に追われ、しばらく墓参りができなかったが、きっと許してくれるだろう。いつだってそうだった。彼女はとても優しい。風見には勿体無いくらいにできた妻だった。
…その優しさに甘えてばかりで、あまり返せなかったことを、今でも後悔している。今更、なにもできないけれど。
「終わったよ、全部。……ぜんぶ」
そう、全部だ。ようやく、全てに片がついた。本当は仇を取りたいと、犯人を殺してやりたいとすら思った。いや、今も思っている。それでも、風見は最後の一線を踏み越えはしなかった。全ては彼女のために。妻の愛した自分は、正義の味方だから、と。
だから、代わりにその余罪まで全て調べあげ、逃げようのないくらいに証拠も揃えた。そんな、正義の味方らしい決着のつけかたなら、きっと妻も許してくれるだろう。
「なぁ、志乃…。もう、終わりにしたい…、けど、……駄目だよな」
ダメに決まってるでしょ、ばか!と彼女が怒る姿が簡単に想像できて、なぜか無性に泣けてきた。そうやって、叱ってくれる人はもういない。いないけれど、風見は生きていかなければならないのだ。
彼女の愛した正義の味方として、生きて、生きて。生き抜いた先でなら、きっと笑って迎えてくれるだろう。だから、こんなところで終わりにはできない。終わりにしてはいけない、と自分を奮い立たせる。
「っ…、志乃」
けれど、今だけは、立ち止まって弱音を吐いて泣いてしまう。それでも妻は許してくれるだろう。彼女は、とても、優しかったから。
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