いつもの朝
またやっちまった、と床に転がったロシナンテはがしがしと頭をかく。うるさく音を立てる目覚まし時計を止めようとして、ベッドから落ちた。いつも通りの朝だ。
起き上がってベッドを見れば、隣で寝ていたはずのソフィアの姿はない。すでに起きて身支度を整えに行ったのだろう。
おれもそろそろちゃんと支度をしよう、とロシナンテが伸びをしたところで大きな音を立てて扉が開いた。
「ロシー! 大変じゃ、ロシー!!」
「どうしたソフィア! なにがあった!?」
大変なのじゃ、と部屋に飛び込んできたソフィアは、床に座り込んでいるロシナンテの姿に首を傾げた。自分の用件はひとまず置いておいて、ロシナンテが妙なところにいるのが気になったらしい。
「そなた、何故そのようなところに?」
「ドジった」
「そうか、いつも通りじゃな」
ふふ、とソフィアは少女のように無邪気に笑う。世界一美しいと言われる海賊女帝が、人前では滅多に見せない、けれどロシナンテにとっては見慣れた笑顔だ。
「いや、おれのことは良いんだよ。それより、何が大変なんだ?」
「ああ、そうであった。とにかく大変なのじゃ! わらわを見よ!」
見下しすぎて見上げるいつものポーズほどではないが、ソフィアは自身の姿を見せつけるように堂々と胸を張る。ロシナンテは、その姿を頭からつま先までしっかりと眺めた。 特に変わった様子は見られない。しかし、ソフィアは何か気づかぬか? と『大変なこと』についてロシナンテの答えを待っている。
「あ、分かった! 今日もとびっきり綺麗だ!」
まるで大発見のようにロシナンテはぽん、と手を打った。それは全く一大事ではない、とこの場に他人がいれば呆れたような突っ込みが入るだろう。しかし、ここは海賊女帝の寝室だ。プライベートな空間にはロシナンテの他にはソフィアしかいない。
そのソフィアは突っ込みを入れるどころか、ロシナンテの答えに満足そうに頷いた。どうやら、妙な解答は間違っていなかったらしい。
「そうなのじゃ! 今日のわらわは、あまりに美しすぎる。これは一大事じゃろう?」
「うん、一大事だ。こんなに綺麗なソフィアを見たらみんな気絶しちまうかもしれねぇ」
おれは慣れてるから耐えられるけど、とロシナンテは目を細めた。今日もソフィアは眩いくらいに美しい。
まるで付き合いたての頭の緩い恋人達のような会話だが、お互いに本気で言っている。頭の緩い恋人達と違うのは、ソフィアが本当に美しすぎる、という点だろう。
「まあ、みんな許してくれるだろ。だってソフィアは綺麗なんだから」
「うむ。それもそうじゃな」
最愛の夫に満足いくまで褒められて、ソフィアはすっかり上機嫌だ。満足そうなその様子に、ロシナンテはなんだか自分まで嬉しくなった。
いつもの朝
甘く優しく幸せな、今日もいつもと変わらない平和な朝だ。
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