出張営業まりんちゃん!
・この
ネタから
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鏡の前で海軍の制服をモチーフにした衣装に乱れがないことを確認して、ニーハイソックスを引き上げる。ふわりと膨らんだスカートとの間に完璧な絶対領域が出来上がった。
それから、編み上げのショートブーツの紐をしっかり結ぶ。ヒールは結構高いけれど、慣れているから問題ない。
「…よし、完璧!」
トレードマークのツインテールに青いリボン、今日も可愛い海軍アイドルの完成だ。
「まりんちゃーん! そろそろ本番でーす!」
「はぁーい!」
スタッフの呼ぶ声に応えて、ステージへ向かう。どんな仕事だろうと、今日も頑張らないと。
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「はぁい、歌って踊れる正義の味方、海軍アイドルまりんです♥今日は、出張営業がんばりまーす!」
きゃるん、と可愛くポーズを決めれば太い声の歓声がかえってくる。ちょっと怖い。
港につくられた特設ステージから、客席を見れば、そこにいるのは見慣れた制服の海兵、ではなく強面の海賊達。それから、よく笑う賑やかな島民。海の方を見れば、白いひげの髑髏を掲げた白鯨。
つまりどういうことかと言えば、白ひげ傘下の島で、白ひげ海賊団相手に営業中ってことだ。
…本当に何て仕事持ってきてるんだ、死ねマネージャー。
「それじゃあ、聞いてください。一曲目『Blue Girl まりん』!」
仕事を選ぶつもりはないけど、海賊相手なんてサカズキさんに怒られてしまう。ちょっと怖いから、考えないことにしよう。
別に開き直ってるわけじゃない。
バンドが奏でる馴染んだ音に体が動く。今はただ、全力でパフォーマンスをしよう、それが私の仕事だ。
だから、開き直ってるわけじゃないってば。
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「俺、この仕事よこした島の長に挨拶してくるから」
お前、海賊達の接待してろよ、と私を強面の中に放り込んで行ったマネージャーは相変わらず頭がおかしい。もう諦めた。
取り敢えず、まわりの海賊達に営業スマイルを向けておく。可愛く笑う女の子に危害を加える人は少ないだろうから、私なりの防衛だ。
「あ、あの…、まりんちゃん! 俺、ファンです! サインください!」
そんな中で、顔を真っ赤に染めてそう言ったのは、テンガロンハットのよく似合う海賊だった。その手が差し出してきたのは、ペンと私の写真集。しかも、初回限定盤の方。ファンです! という言葉に嘘はないらしい。
海賊にも人気なんだよ、とマネージャーは言っていたけど、本当だったのか。海軍アイドルのファンの海賊ってちょっとどうなんだろう。
「んー、ほんとは海賊さんにサイン書いちゃいけないんですよぉ? でも、今日は特別です♥」
「よっしゃあ! ありがとう!」
アイドルはイメージが大切だから、島民の目もある中で断れる訳がない。しかたないので、喜ぶ彼からペンと写真集を受け取る。海賊相手にサインを書くなんて、想像もしてなかった。
「えっと…、エースさんへでいいですかぁ? それとも、火拳さん?」
「っ! おれのこと、知ってんの?」
「だって、有名ですもん」
海軍アイドルという職業柄、有名な賞金首の顔と名前はちゃんと覚えている。それが、意外なところで役にたった。
嬉しそうに笑った彼が、じゃあエースで、というのでエースさんへと添えて、書き慣れたサインを写真集の端に書き込む。
「はぁい、どうぞ。 これからも応援してくださいね♥」
「おう! すっげぇ嬉しい、ありがとな!」
海賊が相手だけれど、心の底から嬉しそうな顔を見るのは悪くない。だって、元々、それが見たくてはじめた仕事だ。
…海賊相手なんだから、もう少し警戒しないと。でも、こんなに無邪気な相手に警戒する方が難しいような気がする。仕方ない。
「あ、そうだ! なぁ、ハルタもサインかいてもらえよ!」
こんな機会、もうないぜ? と不意にエースさんが背中を押したのは、童話の王子様のような格好をした青年。
いや、僕は別に、と言いながらも、その手には色紙が握られていた。どっちなんだ。
取り敢えず、書くべきなんだろうと判断して、ためらいがちに差し出された色紙を受け取る。ペンはエースさんに借りたものをそのまま使うことにした。
「ハルタさんへ、でいいですか?」
「…僕のことも知ってるんだ」
「はい! ハルタさんって、王子様みたいで素敵だなぁって思ってたんです♥」
相手が望む言葉を望むように。アイドル業で嫌でも身についた技術を存分に発揮する。ついでに、可愛らしく笑うことも忘れない。
ふっと、幼げな顔(私が言えたことじゃないけど)に赤みがさす。もしかして、照れたのか。
「ハルタな、すっげェまりんちゃんのこと好きなんだぜ」
「ちょっと、エース!」
「本当のことだろ。大体、なんで隠すんだよ」
いや、隠さないで好意全開な貴方がおかしいんだよ。海兵ではないけれど、一応海軍に属したアイドルなんだから。
そう思いつつ、ハルタさんを見つめると、俯くように目をそらされた。
「…いや、だって。その、本人目の前にすると、ちょっと緊張するっていうか…」
…あ、ちょっと可愛いかも。照れてただけとか、純粋なところもあるらしい。なんだか抱きしめたくなったから困る。
だから相手は海賊だって、と思い直してみたけれど、可愛いものは可愛いのだから仕方ない。
「ハルタが、照れてる…」
「あのハルタ隊長が、女の子を前に…?」
「あの腹黒隊長が!?」
ざわついた周りの仲間を見回して、ハルタさんは顔を顰める。どうやら、普段の彼は純粋でもないらしい。
「ちょっと、僕をなんだと思ってるの」
「え、腹黒」
「…なんだエース。そんなに遊んで欲しいならもっと早く言ってくれれば良かったのに」
みんなもね、とハルタさんが浮かべた笑顔は物凄く素敵だった。
やべ、逃げろ! とエースさん達が逃げるのを追いかけいくハルタさんに、さっきまでの可愛らしさはない。むしろ怖い。あ、剣まで抜いた。
「……サイン、どうしましょうか?」
困っちゃいました、と苦笑を浮かべれば、目の前に差し出されたのは真っ白な手。綺麗だけれど男らしく大きいその手の持ち主は、それに相応しいとても美しい人だった。
「預かっとくよ。ああなると、しばらく終わらねぇから」
「あ、ありがとうございます♥」
ワノ国の服を着た彼は、十六番隊の隊長。女性のような見た目をしているが、中々に高額な賞金をその首にかけられた海賊だ。
じゃあお願いしますねイゾウさん、と色紙を手渡せば、おや知られてた、とアイドルとして見習いたいほど綺麗な微笑みを返された。
「有名な海賊さんなら、結構知ってるんです。イゾウさんはその中でも抜群に綺麗ですけど♥」
「ありがとよ。お前さんも、髪下ろして大人っぽい格好すればいい。そうすりゃ綺麗だと思うけどな」
まぁ、今も可愛いけど、という言葉に、本当ですかぁ? と小首を傾げてみる。髪を下ろして大人っぽくなんて、普段の私じゃないか。綺麗かどうかは分からないけれど。
まりんちゃんとしては、可愛くないといけないから、このツインテールスタイルを崩すつもりはない。実年齢にそぐわないのは重々承知だ。
「けどよ、海軍アイドルなんてよくやってられんな。嫌がる奴もいそうなのに」
特に赤犬とか、というその言葉に苦笑を返す。確かに最初は物凄く嫌われていた。なのに、どうしてか今では一番の理解者だ。多分、素の私を気に入ってくれたんだろう。キャラじゃない方を。
「でもサカズキさんとっても優しいんですよ? だから一番好きです♥」
「…お前さん、そりゃ本気で言ってんのかい?」
「はい! 海軍アイドルは嘘つきません」
キャラ以外はとこっそり心の中で付け加えておく。こればっかりは仕方ない。
すると、イゾウさんは驚いたように目を瞬いて私を見る。そりゃそうだろう。だってあのサカズキさんがこんな小娘に優しいだなんて。
だけど、あの人は本当に優しいのだ。絶対的な正義なんてものを掲げているせいか、苛烈な人間と思われがちだけど、相手が『悪』でなければその拳が向けられることはない。むしろ、頭をなでる暖かい手に変わる。ほんの少し不器用だから、勘違いされやすいだけだ。私はそれをちゃんと知っている。
「赤犬を手懐けるなんて、恐れ入ったね。こりゃ、エースとハルタがハマる訳だ」
「手懐けてなんかないですよ。あ、じゃあ、イゾウさんもハマっちゃいます? なーんて♥」
いたずらっぽくそう言ってみれば、イゾウさんは、考えとくよ、ととても綺麗に笑ってくれた。
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その後、宴に誘われたけれどどうにかお断りして、出張営業は終了した。
後で今回の事を知ったサカズキさんに怒られたけど、マネージャーが悪いと主張しておいた。そしたら殴られてた。なのになんで生きてるのあいつ。ちょっと怖い。
対して私は、心配かけるな、とめちゃくちゃ頭を撫でられた。髪は乱れたけれど、大事にされているみたいでとっても嬉しかった。
出張営業まりんちゃん!
とっても疲れたので休みが欲しいと言ったのに、却下された。死んでくれマネージャー。
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