私の髪と幸せと (三井寿)


本格的に冬がやって来る前にさっぱりしておこうと思って髪を切った。久々に短くした髪は首筋が少しスースーとして涼しいけれど悪くはないと思う。美容師さんにも褒めてもらったし、そして髪を乾かす時間が減る。髪を乾かすことを億劫に思っていた私としてはそれは何よりも嬉しいことだった。


「ただいま」

ガチャリと扉が開いたから玄関までお出迎えに行くと、今日も疲れたご様子の三井がいた。おかえりと近寄ると、靴を脱いでいた彼が顔を上げるかりギョッと目を丸くして怪訝そうにこちらを見てきた。

「……お前、髪」
「そうなの。今日休みだったから切ってきた」

くるりとその場で回ると切り揃えられたばかりの毛先が遠心力で外へと広がる。やっぱり首筋は涼しいけれど頭は軽くていい感じだ。
しかしそうしてご機嫌な私とは対照に、三井はどこか落ち着かないとでも言わんばかりに私の頭の先から爪先までを見てはもう一度しっかりと目を合わす。

「なぁ……、髪切った理由って何かあるのか?」

恐る恐る、慎重に口を開いた三井は相変わらずじっとこちらを見ていて。これはきっと要らぬ心配をしているのだと思う。そんな彼を愛おしく思いながらリビングへの扉を開ける。暖かい風が吹いてきて首筋ももう涼しくはない。

「特にないよ。さっぱりしたかったのと、あと髪乾かすのが面倒だったから」

そう言い切るなり後ろに振り向いて笑うと、三井と目が合った。

「そうか」

ほっと安堵したように息を吐くと三井の表情が緩む。そんな彼をじっと見つめると、視線を横に逸らして口元に手を当てた。

「……まぁ、アレだ。その髪型も似合ってるぜ、可愛い」

三井から出てきたのは期待していた、待っていた言葉なのに顔も耳も首筋も熱くなる。早口で尻すぼみ気味だったその言葉を頭の中で繰り返して真っ赤な顔をした彼とちらりと目が合うと、それはまた更にひどくなって。好きな人の照れ顔というのは何回見たっていいものだから困る。
だけどなんとなく動揺をバレたくはなくて、何か話題を探す。そういえば先程の三井は何故か驚いていたということを思い出して、もしかして……と続ける。すると彼は再び恥ずかしそうに、なんだよと顔をしかめた。

「失恋したから髪切ったのかと思った?」
「……よく聞くだろ、そういうの」
「三井に振られた覚えはないけど」
「オレだって振った覚えはねーよ」

ガシガシと頭を掻くと三井ははぁーっと溜息をついた。赤くなっている顔に、彼に振られて髪を切ることなんて全く思いつきもしなくて笑えてくる。

「……笑ってンなよ」
「三井ってたまにそういうこと言うよね」
「うるせーよ。というかお前の髪を乾かすの案外嫌いじゃねぇんだけどな、オレは。勝手に切るなよ」

再び息を吐いた三井に頭をぽんぽんと撫でられると、触れられた所が熱くなる。きっとまだ顔の赤い三井につられたからだ。

「……何も言わずに髪伸ばして切った人に言われたくない」
「お前まだ高校ン時のこと言うのかよ!?」
「いつまでも言うつもりだけど?」
「一生言ってそうだな……」

そうして目が合うと笑い合った。どんな髪型であれ、こうしている時間が幸せなのだと感じながら。


**


「三井疲れてるだろうにいいの?」
「疲れてるとか関係ねぇよ」
「ふーん?」
「オラ、前向け」

右手にはドライヤーを、左手には私の頭をガシッと掴んだ三井に前を向かされる。ありがたいことに慣れてしまったこの時間も、今日は首筋に風が当たってくすぐったい。

髪は女の命だとかそんなことには別に興味はないけれど、きちんと洗って乾かして、髪を大切にしようとは思った。そうすると回り回って三井を大切に思うことと一緒になると思うから、なんて三井に髪を乾かしてもらえるこの特等席で、そんなことを思った。



[ 6/6 ]

[*前] | [次#]

[目次]

[しおりを挟む]
[top]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -