2.夏は暑い
大会が始まると思っていた以上に日々はあっという間に過ぎていった。
ついこの間、開会式をしたばかりのような気さえするのにもう1回戦が終わって、2回戦も終わった。
結果はどちらも快勝……とはいかなかったけれど、それでもうちの粘り勝ち。特に2回戦はうちの自慢である固い守備力が発揮された試合だったと思う。
試合が終わるとアルプス席でお昼ご飯の時間となる。岩槻西と崎玉の試合を観ながら。
部員が決して多くはないうちの部ではマネージャーも選手たちと一緒にご飯を食べる。そんな私はというといつも通り先輩と2人並んでいた。
『先輩のお弁当っていつも品数が多いですよね』
「そうかな?いつも夕飯の残りだよ?」
なんて、いつも通りの他愛もない会話を交わしながらお弁当を口に運ぶ。少し後ろ側にある通路ではパタパタという足音が響いていた。
「おーい、メシ食ってる人もいるンだから走るなよー」
同い年の男の子にしては高めで、言葉の内容にしては優しい声。聞き馴染みのある声がして振り向けばそこには栄口くんがいた。
『……え?栄口くん!?』
「ん?……て、あれ?みょうじさん!?」
目をぱちくりとさせている彼は、一歩前に踏み出しかけてから止まった。そしてさっき走っていったらしい同じユニフォーム姿の仲間の背中が遠くにあるのを確認してから、久しぶり!と眉を下げながらやって来た。
私の隣に座る先輩に、ちわっと頭を下げると座席の一番端に座っていた私に合わせて栄口くんが腰を曲げて顔を覗き込む。それがなんだか申し訳なくて勢いよく立ち上がれば、足の上に掛けていたお弁当の包みがヒラヒラと落ちていった。
「みょうじさん野球部入ったんだ?」
はい、これ。と落ちていった包みを拾った彼はゴミを払ってくれた。それを受け取れば栄口くんと目が合う。
『うん、野球面白いなって思って』
「おーナルホド」
感心したように笑う彼はどこか我がことのように嬉しそうだ。
「でもそっか。高校、ここだって言ってたもんね」
『そうだけど……覚えてたんだ?』
「そりゃ覚えてるよ。だって入試の前とかによく話したじゃん」
『そうなんだ』
「うん」
「『…………』」
続けたいはずの会話はすぐに終わる。だけど中学の時から何度も経験してきたお互いに無言のこの時間も、私は嫌いではなかったりする。
「えっと、元気、だった?」
『うん、栄口くんも元気そうだよね』
「まあね」
会わなかった数ヶ月の間にも話したかったこと増えたはずなのに、何を言っていいのか分からない。抱えていたお弁当箱をぎゅっと握りながら彼を見ると、少し横を向いて頬を掻いていた。
「栄口ーー」
「……あ、オレ呼ばれてる!」
さっき彼が見送った人かは分からないけれど、同じユニフォーム姿の人が彼の名前を呼ぶ。その声で2人してビクッと肩を上げる。彼はパッと顔を上げて返事をするとこちらを見てきた。
「おおー!今行く!」
『あ、そうだよね。ごめんね、話し込んじゃって』
「オレこそお昼の邪魔しちゃって……。じゃあまたね」
『うん、また』
手を振りながら座席を上っていく彼に手を振り返す。その背中を見ながらハッとして、栄口くん!と再び呼べばピタッと立ち止まった彼がこちらに振り向いた。
『次も試合頑張ってねー!』
「おーあんがと!」
眉を下げてはにかんだ彼が駆けていく。その笑顔は何も変わっていなくて嬉しくなった。
◇◇
「栄口くんいいねー。私好きだよ、ああいう子」
『……ダメですからね』
「心配しなくてもそういう好きじゃないって」
先輩は楽しそうにケラケラと笑った。さっきから顔が熱いのは夏のせいだ。そう思ってコップの中の麦茶を飲み干した。
――――――
夏は暑い
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