パラドックスは消えた。歴史の歪みも消え、未来からきた勇気ある後輩の生きる時代も守られた。本来歴史上嬉しいこの時間はあってはならないもの。しかしそれが今や名残惜しいものとなっていた。
元々会うはずのない彼らが別れを惜しむ時間。そんな時間を何より楽しみたかったのはやはりこの男だった。
「んで!一段落ついたところでさ、デュエルしようぜ!」
ここはDホイールを置いていたビル屋上。楽しそうに飛びついてきた十代を振りほどくこともせず、Dホイールの整備の手を止めない遊星と、似合わずキョトンとしている遊戯。いや今は名もなきファラオと言うべきか。
一度視線は一カ所に集まり、すぐに反らされた。遊星のものは。
「いい考えだぜ。でも…今は流石に疲れたかな。」
珍しく王様はデュエルでバテたらしい。上着を脱いで、手で扇ぐ姿は誘ってるとしか思えない。…と勝手に十代の目は獲物を狙う金色に変わった。遊星はそれを殺気ととったらしく顔を上げて周囲の様子をせわしなく伺う。
気づけ、原因はお前の背中に張り付く害獣だ。
「俺も…帰る前に整備をしなければ。帰ってからまたバトルが待ってるからな。赤き竜との。」
どうやら愛しの遊星号の一部に損傷が見つかり、表情のわりにご立腹らしい。まさかの赤き竜討伐発言だが二人は理解出来ない表情である。なんのことやらわかっていない。
勿論ナレーターもだ。戦うとは…ボールでも持っていってゲットするのかもしれない。
「そういえば二人は未来からきたんだったな。」
「そうですよ?」
「羨ましいぜ。」
一応補足しよう。
ユウギは至って純粋に言ったのである。しかし二人には迷子の子供が目に映った。攻め属性十代と、両属性の遊星は受け属性の萌表情にキュンときた。
遊星のパソコンを叩く指が見るからに加速した。十代は遊星から離れるとユウギへとターゲットを移した。
「ユウギさん可愛い〜っ!癒される!」
「なんでだ?」
「あと5分で終わらせます。」
「なぁ遊星。さっき50分って言ってたのは嘘だったのか?」
こうして先輩後輩の仲良し交流会は始まったのだった。
黒歴史トラベラー
遊星に不可能はなかった。
彼は本当にやってのけたのだ。二人には何が変わったのはわからなかったが、彼は清々しい表情で爽やかな汗を拭っていた。機械オタクはわからない。
「さて、ユウギさんは俺の膝に。」
「なぁ遊星。これってやっぱり時間移動するつもりか?」
無言でコクリと頷き、「ユウギさんのためなら」と珍しい一言。この男、自分より小さい相手(※身長)にはかなり甘いらしい。しかししかし聞き捨てならないこと言葉。
「それって前見えないだろ。」
「大丈夫です。一度乗り付けたジャックを殴り蹴りながら運転しました。」
何があったんだろう。そもそもそのジャックとは何者だ。どれだけ変なんだ。よくその状態から大丈夫と言えたものだ。そう思っても声に出してはいけない。
そんなことよりこのDホイールでは二人が限界なのでは、というユウギの一言に二人は我に返った。まさか三人乗りする気満々だったのか。
「いや問題ない!二人にくっつけるなら!!」
「十代君…」
低い声。発生源はユウギだった。耳元でユベルがきゃんきゃん騒いでいたはずなのに、周囲に静寂が訪れた錯覚に陥った。彼が機械人形のようにギリギリと首を回すと、そこには黒い笑顔で笑っている最凶デュエルキングの姿が。見た目は同じだがその見た目に騙されて粗相をしてしまうほど十代はバカではない。硬直すると愛想苦笑いで返し、少しずつ距離をおく。
「もう一人のボクに手をだそうなんて…4000年早いよ!!」
「ちょ!!すみません!!遊戯さんすみません!!ほぼ総攻めなんで調子乗ってましたぁ!!」
遊戯がカードを鬼のように投げ十代を追いかける中、遊星は「楽しそうだな」と天然発言をしながら、都合よく置いてあった手頃なジャンクをいじり始めた。
そして十代が疲れきり、見えないはずのユベルと遊戯が冷戦を始めたと同時、遊星の満足そうなため息が聞こえた。
「あ、あぁ…?どうした遊星…?」
「ちょっと改良して座席にゆとりを持たせてみました。」
「え、それは改良か?改造じゃないのか?お前の後ろに都合よくあるジャンクじゃあここまで出来ないよな?」
「出来ます。…出来たんです。」
もう誰もつっこむまい。十代はそうかそうかと棒読みで頷き、猫のファラオとじゃれ始めた。精神が心配である。
図ったかのように喧嘩を止め振り返った遊戯とユベル。止めようとしていた大徳寺先生はホッと息をついていた。
「これなら大丈夫ですよ。…あ、でも…」
「でも?」
遊星が思い出したように呟き皆は首を傾げる。
「未来に行く前にこの時代も気になります。…伝説のデュエルキングの最盛期ですし。」
この言葉には十代も綺麗な笑顔を浮かべる。眩しいくらいの笑顔だが、額の髪が少し切れてるのが哀れである。そうだそうだと盛り上がる後輩たちには遊戯も折れるしかなかった。やれやれといったように肩を竦めるとあっさり頷いてくれた。
「でも俺はもう一人のユウギさんに案内されたいなぁ」
「十代君♪君はここから飛び降りてみようか♪大丈夫!!死ぬ確率は十割だよ、十代君なだけに!」
何が起こるか容易に想像できる会話であった。