朧月夜-睦- ※軍人臨也×男娼静雄 |
カツカツと小気味の良い音を立てながら細長い廊下を足早に進んでいく。詰襟の隙間に人差し指を差し込んで、臨也は僅かに顔をしかめた。年に数回、大三節や式典の折にのみ着用する正衣は久しぶりに袖を通してみれば幾分か身の丈に合っていないように思えた。 「折原さん」 背後から呼び止められ、踏み出しかけた足を止める。 「やあ、四木の旦那じゃないですか。ご無沙汰しております」 声の主へ視線をやると臨也は見知った顔に柔和に微笑みかけた。こけた頬と鋭い眼光のせいか、どこか陰鬱とした印象を与えるどちらかと言えば、軍属というよりも極道者といった風体の男は、臨也より一回り程年の離れた上司の一人であった。 直接共に仕事をこなしたことはないものの、四木は臨也の無駄のない働きを高く買っており、また臨也自身も四木からの期待を受け、彼の望む通りの働きをしてみせた。信頼や人徳を尊重し合う間柄ではなく、互いの利害関係からつかず離れず。臨也が唯一四木を好ましく思っている点と言えばその扱いやすさの一言に尽きる。 直に顔を合わせるのは新年宴会以来となるので、何だかんだ半年ぶりといった所だ。 「こんな時期に礼装とは、珍しいですね」 男は自分より階級も年齢も下である臨也に対しても常に慇懃な態度を貫いた。しかし生来の性分か、にこりと愛想笑いのひとつも浮かべない。相変わらずだな、と思いながらも臨也自身は笑顔を浮かべたまま四木へと向き直った。 「ええ、本部からの通達がありまして」 「ほう、任官の通達でしょうか」 「はい。恐らくは」 「この時期に……妙ですね」 臨也自身も、早くからその違和感には気がついていた。中途半端なこの時期に人事が動くこと自体、そもそもおかしい。しかも、そこで何故自分に白羽の矢が立ったのか――。 (どうも、嫌な予感がするな) 結果、折原臨也の予感は的中することになる。彼が想定しうる、最悪の状況を伴って。 → |