朧月夜-弐-
※軍人臨也×男娼静雄

ああ、面倒だな。折原臨也は表情を変えずに胸の内だけで小さく毒づいた。
座敷を挟んで座卓に腰を据えている男は自分の上司にも当たる将校だ。下手に機嫌を損ねないに越したことはない、が――それにしても面倒なことになった。
「折原君は若い癖に潔癖でいかんなぁ」
「いえ、自分なぞまだ若輩者ですから」
「いやいや、非常に有能だと九十九屋君も絶賛しておるぞ」
すでに出来上がっているらしい将校は先程から何度も同じ話を繰り返しては、最終的には同じ方向に持っていこうとするのだ。
「軍人たるもの、女遊びぐらいできなくてはなァ」
ようはこのまま二次会よろしく色街に繰り出そうというのである。年だけ食った、頭の固い根っからの軍人気質なこの男に興味など欠片もないが、今自分の敵に回すのは得策ではない。そう考え何とか話を逸らそうとするものの、これが中々うまくいかない。
(ここは大人しく誘いに乗っておくべきか……)
干からびかけた杯を手のひらで弄びながら、臨也はひっそりと溜息を吐いた。


折原臨也という男は非常に渇いた人間であった。
処世術に長け、人当たりが良い性分が幸いしてか、上司の言う通り能力的にも有能な部類に入る臨也は何一つ苦労することなく二十歳半ばで軍の中佐まで上り詰める事に成功した。仕事においても私生活においても、周囲の人間から見れば誰もが羨む順風万歩の人生だろう。しかし、彼自身はそれに満足したことは一度たりとてない。
臨也は『人間』を愛することが出来ずにいた。
相手が何を望み、何を考え、どう行動することでどんな結果が得られるか―。折原臨也にとって、『他人』とは自分の思い通りに動く盤上の駒にすぎなかった。
自分の思惑通りに動く従順な駒たちは臨也にとってひたすらに滑稽で退屈な存在だ。少し操作してやれば、彼はいとも簡単に自分の望むとおりの道を進む事ができた。
手ごたえのないゲームを延々と続けさせられるような気分で毎日を生きていく。ただただ、惰性に。

今回の将校の扱いに関しても、相手の様子を伺った上で彼はすぐさま頭を切り替える。
面倒だが、仕方ない。今回は必要な「お付き合い」の範疇内であろう、と。
臨也自身、特別潔癖で廓通いを毛嫌いするというワケではない。しかし、何事にも熱を見出す事ができない性分の彼にとって、廓は別段魅力的な場所ではなかった。男としての性欲は持つものの、女にも性行為にも特に意味も意義も見出せない。だからこそ、必要最低限の付き合い程度にしかそういった場所に足を踏み入れて来なかった。それが周囲の人間には朴訥に写ったのかもしれないな、と冷静に分析する。
「もしかして、折原中佐は女ではなく男に興味がおありかな?」
ぼんやりとそんな事を一人思案していると、ほろ酔いの将校がとんでもない事を言い出した。
「……はっ?!」
一瞬何を言われたのか理解出来ずに珍しく反応の鈍った臨也の顔を見て、顎にたっぷりと蓄えた髭を指先で擦りながら、将校はうんうんと何やら勝手に納得した様子で言葉を続ける。
「そうか、それだったら打って付けの場所がある」
「いや、あの……自分は」
「なぁに、遠慮することはない!本来なかなかお目通り叶わんのだがね、なに、ワシが一声かければ―」
おい、俺の話を聞けよこの狸ジジィ。そう口にしたいのを必死になって堪えていると、いつの間にか話はとんとん拍子に進んでしまっていた。






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