1月27日の呪縛
※2014静雄BD
※申し訳程度のエロ

事務所のドアを開けるなり、トムははぶるりと上半身を震わせて「寒い寒い」と唸った。
マフラーに埋めた彼の鼻っ柱がほんのり赤く染まっているのを見て、「今日はこの冬一番の冷え込みになるでしょう」と笑顔で告げるお天気お姉さんの顔が静雄の脳裏をよぎった。ポケットに突っ込んだままの上司の手首には、コンビニの袋がぶら下がっている。内勤のパート社員が欠勤していることを思い出し、「お疲れ様です」と声をかけ茶を入れに席を立った。薄い緑茶を並々注いだ湯のみをトレイに乗せ、ヒーターの前で縮こまっているトムに差し出す。彼はニカリと笑って大事そうに湯飲みを受け取った。
「お前の分も買ってきたから、適当なとこで切り上げて食えよ」
「うす」
珍しく外回りに連れ出されなかった静雄は、今日は簡単な事務処理と滅多なことでは鳴らない電話の相手をしている。珍しく与えられた事務所作業は楽で良いが、慣れていないせいかなかなか効率よくは進まない。伝票の日付欄に『1月27日』と書き込んで、静雄はふと手を止めた。
デスクの上に出来合いのコンビニ弁当を広げながら鼻歌を鳴らしていたトムが、横から覗き込んだそれに「そういえば」と切り出す。
「明日お前の誕生日じゃねえ?」
前祝だと書類の片隅に置かれたプリンに、静雄は小さく笑った。ボールペンを手放してカップに手を伸ばし、素直に例を述べる。
「仕事後に飲みにでも行くか――……つっても、何か予定が」
次いで手渡されたプラスチックの小さなスプーンは、静雄の手の中でまっぷたつにへし折れた。




127





誕生日の前夜には、ろくな思い出がない。併せて誕生日当日も。折原臨也という男に出会ってしまった高校時代から、1月27日は静雄にとって厄日へと成り果てた。
あれは忘れもしない、高校の卒業を間近に控えた18歳の誕生日前夜。あの頃は、来る日も来る日もお礼参りに訪れる他校の不良たちとの喧嘩に明け暮れ、静雄はひどく苛立っていた。より強靭に、より強固に成長した今の静雄からは考えられないことだが、柄にもなく疲弊してすらいた。
ぼろぼろになった身体を引きずって、路地裏にうずくまっていたところまでは覚えている。ぷっつりと途切れた意識が再び覚醒したとき、静雄は何故か素っ裸でみたこともない部屋の中に転がされていた。元は飲食店か何かだったのか、天井からぶら下がった電飾は割れ、色あせたポスターの残る壁のそこかしこにヒビがさしている。一目で廃屋と分かるそこは、真冬の空気に晒されて酷く肌寒かった。
「……っ、う、あ…?」
普段痛みなど毛ほども感じない身体はギシギシと軋み、頭の芯はぼうっとしていて明瞭としない。ざらついたコンクリートに腕をつき上体を起こすだけで、吐き気と頭痛に見舞われた。仕方なく再び地面に倒れ込むと、すぐそばに切れ切れになった自分の制服の破片らしきものが散らばっていることに気づく。
血のにじんだそれに手を伸ばしかけたところで、静雄の耳は乾いた靴音を拾い上げた。無意識に音のする方へと視線を向けると、夕闇にまぎれるようにして黒い学ラン姿の男が窓際に寄りかかってこちらを見下ろしていた。
「やあ、気分はどう?」
全身黒尽くめのその男は、ただそこに存在するだけで静雄の怒りのリミッターをはずす唯一の存在だ。指一本動かすだけで全身を激痛が駆け巡るが、静雄はお構いなしに身体をそらして男へと向き直ろうとした。
苦痛に顔を歪めながらその名を口にしようとした静雄の頭に、革靴の先が無遠慮にめり込む。骨に響く鈍痛は、頭の中にダイレクトに届いた。
「おやおや、さすがにまだ辛そうだねぇ」
ぐわんぐわんと揺れる頭を地面に擦り付け、まっすぐに男――臨也の顔を睨み上げる。
「シズちゃんさぁ、明日誕生日なんだってね?」
冷たいコンクリートに両手を着き、なおも身体を起こそうともがく静雄の頭を足蹴に、臨也は楽しげに言った。
「……だったら何だってんだ、一丁前に祝うつもりかよ」
たっぷりと皮肉をこめて低く唸るが、実際のところ今の静雄にはそれが精一杯の抵抗であった。大声を上げて殴りかかりたい衝動はあれど、身体は全く言うことをきかない。それが分かっているのか、臨也は賎し笑みで形の良い唇を歪めたまま静雄の傍らへと膝をついた。
ポケットから取り出したPTPシートを慣れた手つきで口元に運び、彼は白い錠剤を自らの舌先に乗せた。真っ赤な舌と白いカプセルがどこかちぐはぐで、静雄は今もたまにその光景を夢に見ることがある。それほどに、鮮烈な光景だった。
綺麗に整った顔がゆっくりと静雄の顔に近づき、唇が重なる。なにしやがる、と叫びかけたせいで、臨也の舌をダイレクトに招き入れる結果となってしまった。見慣れぬ錠剤は、舌と共に静雄の喉の奥深くへと押し込められた。ごくりと嚥下して「しまった」と顔をしかめるが、既に遅すぎた。
「君を祝う気なんか更々ないよ。シズちゃんみたいな化け物がこの世に生まれ落ちた日は、俺にとって忌むべき一日だもの。だからこれは祝福じゃなく、呪いみたいなものかな」
抵抗された際に舌を傷つけたのか、臨也は血のにじんだ口元をゆっくりと指先で拭った。その顔には依然として笑みが貼り付けられている。
ぬれた指先を静雄の腰に滑らせ、薄く鳥肌の浮いた尻をゆっくりと撫でさする。更にその奥のすぼまりへと指先を潜り込ませると、臨也の指はあろうことか尻の穴を撫でた。さしもの静雄も、天敵の行動に目を見張るしかない。指の先で押し上げられたそこは、わずかな抵抗の後に細い人差し指をつぷりと飲み込んだ。氷のように冷たい指先が、体内に容赦なく潜り込んでくる。その何とも言えない不快感に、静雄は心ならずも引きつれた声を上げた。
奥深くに埋めた指をゆるく出し入れしながら、臨也は眉根を寄せた静雄の顔をただじっと眺め下ろしている。その顔に、先刻までの笑みはない。
「君はこれから先、何年何十年と迎える誕生日のたびに思い出すんだよ」
ぐじゅり、濡れた音と共に静雄の中から引き抜いた指を目の前に翳してみせる。ねばついた液体に濡れた自らの指をうっとりと眺め、臨也は続けた。
「大嫌いな男に犯されて、身動きもとれずに布団の中で蹲っているしかない、惨めな誕生日をね」


その言葉通り、臨也は手ひどく静雄を犯した。実際には意識を取り戻す前にも散々嬲られていたらしいのだが、静雄には覚えがない。
痛みと快感とを混ぜこぜにした酷い行為は、延々と夜更け過ぎまで続いた。獣のように四つんばいにさせられ背後から突かれ、部屋の片隅に放置されていた埃っぽいソファに押し沈められては犯され。もう出ない、嫌だと抵抗したところで、薬のせいかまともに身体は動かず、最終的にはドライでイかされた。
翌日は酷い倦怠感と腹痛とでまともに起き上がることができなかった。臨也のもくろみ通り、18の誕生日は静雄の人生の中で一位二位を争う最低な誕生日となったのだった。
その翌年も、20歳の誕生日も――いや、あの18の誕生日以降、毎年誕生日の前夜である1月27日に臨也は必ず静雄のもとを訪れた。あるときは卑怯な手を使ってハメられ、またあるときは帰宅途中の路地で拉致された。毎年飽きもせず、二十代の半ばを過ぎるまでそれは毎年続いていた。そして最初の時と同じように、臨也は静雄の心と体を嬲った。
日々進化を続ける身体は、たとえどれだけ粗雑に扱われようと大したダメージを追わない。20を過ぎた頃には、誕生日当日に寝込むということも無くなっていた。しかし、静雄は律儀にも毎年己の誕生日は家にこもって一人で過ごすことにしている。その理由を漠然と考えながら、彼は一つの結論に達しようとしていた。


上司からの食事の誘いを丁重に断った静雄は、いつもより少し早めに自宅のアパートへと帰宅した。
駅前のスーパーで値引きされていた唐揚げ弁当を食べ、早めにシャワーを浴びる。ほどよく疲れた身体は、布団に横になるとすぐにでも眠りに落ちていきそうだった。何度もしつこく確認した携帯のデジタル時計は、既に22時過ぎを示している。
見たくもないバラエティ番組は、イライラを募らせるだけなので早めに切り上げた。リビングとキッチンの換気扇下とを三往復した頃――煙草の箱がちょうど空になった頃合を見計らって、時計はとうとう午前零時を表示した。しばらくじっと睨みつけていた携帯の画面に、メールの新着を知らせるアイコンが浮かび上がる。
弟の幽やセルティ、新羅に門田。少ない知人友人から続々と届くメールを読みながら、しかし静雄の心はどこか上の空だった。
何年か越しに、静かに穏やかな誕生日を迎えられたのだ。普段ならとっくに眠っている時間だ、このまま気分が良いまま眠ってしまえばいい。そう思う傍らで、今ならまだ終電に間に合うな、などと馬鹿げたことを考えている自分がいる。
「……うぜぇ」
痛んだ金髪をがしがしと掻き、静雄は部屋着代わりのジャージの上にコートだけを羽織って部屋を飛び出した。






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