1月27日の呪縛
※2014静雄BD
※申し訳程度のエロ

去年も、その前の年も。静雄が誕生日当日にまで寝込むことはなくなっていた。少々強めの薬を盛られたとて、あるいはえげつない行為にさらされたとしても、彼の身体にはその痕跡は残らなかった。
呪いに苦しむ哀れな怪物を演じ続けたのは、ほんの微かな触れ合いに確かな温もりを見出してしまったが故だった。儀式の効果が無いと知れれば、あっさりとこの関係に終止符が打たれるのは目に見えていた。
自分達の関係は、憎しみと破壊の上に成り立っている。街で鉢合えば追いかけ、傷つけ、にらみ合う。それが出会った瞬間から変わらない、臨也と静雄の日常だった。しかし、一年にたった一度だけ訪れる非日常は、年を重ねるごとにどこか生ぬるさを帯びていった。痛みよりも快感が増し、肌を抉るナイフは消えて互いの指先が絡まりあった。
疑問に思うことはあっても、互いにそれを口にするようなことはしなかった。いつかこの関係がついえるとしても、日常の中に紛れ込んだささやかな違和感が消滅するだけだ。悲しむことなどないし、いっそ清々するに決まっている。
そう言い聞かせてきた静雄は、己にかけ続けた暗示を振り払い新宿へと赴いた。


マンションのエントランスに足を踏み入れ、額に滲む汗をコートの袖でぞんざいに拭う。柄にもなく、何を焦っているというのか。静雄は物言わぬオートロックに向かって小さく舌打ちを鳴らした。
呼び出しボタンを押したところで、あの男が素直に顔を出すとは思えない。だったらいっそ、いつぞやの夜にそうしかけたように蹴破ってしまうべきか――くたくたのスニーカー履いた足を振り上げかけたところで、背後の自動ドアが音もなく開いた。
「……君は普通に訪問するってことが出来ないの?」
呆れたような声音は、よく知った男のそれだ。タイミングが良いのか悪いのか、こうして止められるのも二度目になる。目線だけを声の主に寄越すと、臨也は不機嫌そうな面持ちで入口に立ち尽くしていた。
静雄は大人しく片足を地面に下ろし、臨也へと向き直った。冷たい北風が二人の間を吹き抜けていく。
「来なよ」
膠着状態を破ったのは臨也だった。つかつかと静雄の元に歩み寄ると、その腕を引いてマンションの中へと入る。
互いに一言も言葉を交わさずに、臨也の事務所と思しき一室へと招き入れられた。――と、玄関先へと一歩足を踏み入れた瞬間。静雄の身体は閉まったばかりの玄関のドアに叩きつけられるように押し付けられた。鈍い衝撃と、ひやりとした鉄の感触を服越しに感じた時には、臨也の唇が己のそれに重なる刹那だった。
スローモーションのようにゆっくりと目の前に広がっていく臨也の顔を眺めながら、静雄は初めて身体を暴かれた夜を思い出していた。あれから七年、互いに大人になって環境も変わった。なのに、その表情はあの頃と何一つ変わらないように思える。噛み付くようなそれは、触れるだけの酷く臆病な口づけに変わっていたけれど。
「何でここに来たの」
吐息の触れる距離で、臨也が小さく呟いた。責めるような口調に、静雄はむっと唇を尖らせる。
「手前が来なかったからだろうが」
言ってから、しまったと唇を結ぶ。この言い草では、まるで自分が臨也の来訪を待ち望んでいたようで――結果として、それは間違いではないのだけれど。素直に認めるのはシャクだ。第一、この男にそんな弱みを見せようものなら、面白おかしくからかわれるに決まっている。
静雄の予想に反して、臨也はわずかに目を見開くと溜息混じりに「馬鹿だなぁ」と漏らしただけだった。
「俺が行かなければ、君はごく平凡な誕生日を迎えられたはずだ」
「……は、じゃあ何か?手前はガラにもなく俺に気ぃ使ったとでもいうのかよ」
少しずつ少しずつ、孤独な怪物の周りには人が集まるようになった。どれだけ目を背けようとしても、どれだけ否定しようとしても、静雄はもう独りではない。友人、上司、後輩、家族。ささやかな祝福を受け、まるで普通の人間のようにそれを享受する。
「そうだよ。何ならおめでとうとでも言ってあげようか?」
臨也は皮肉に笑うと、冷えた指先で静雄の頬を愛おしむように撫でた。人を呪わば穴二つとはよく言ったものだ。臨也もまた、己の呪縛に絡め取られて身動きが取れなくなっていたに違いない。
近いようで遠い。互いに手を伸ばせば触れられる距離で、自分たちは馬鹿みたいに睨み合っていただけに過ぎないのだ。頭の良いこの男が、単純明快な答えに辿り着けないはずがない。静雄ですら、とっくの昔に自覚しているのだから。
「いらねぇよ」
肌を撫でる指先を掴み、静雄はまっすぐに臨也の顔を見据えた。
「手前から祝われるなんて、反吐がでる。そんなモンじゃなく、もっと別に――言いたいことがあんだろ」
握りとった手がほのかに汗ばむ。静雄自身のものなのか、それとも阿呆みたいに口を半開きにしている臨也のものなのかは分からないが、じっとりとした感触はあまり心地の良いものではなかった。それでも、二人は互いに手を離すことはなかった。静雄に負けじと力を込めて、臨也は骨ばった指を一層強く握り返す。
「……ずるいよ、そんなの」
「どっかの姑息な男のやり口を真似てるだけだ」と、嘲りの言葉の一つでも吐いてやろうかとも思ったが、静雄は大人しく口を噤んだ。目の前の臨也が、見たこともないような顔で深く息を吸い込んだから。
その唇から吐き出される言葉は、きっと自分を酷く苦しめることになるだろう。それはきっと、誕生日前夜の呪いよりも深く、そしてどこまでも甘い呪縛なのだ。


改まった口調で名前を呼ばれ、静雄は伏せていた目線をそっと上げた。







臨也さんのマンションにはケーキが準備されています。
静雄と同じく、臨也さんも今年は前夜奇襲(嫌がらせ)じゃなく、当日お祝い(告白)をもくろんでいたんですが
結局静雄が乗り込んできちゃったので、自分のペースでは事が運ばなかったっていう……(笑)
もちろん、この後は両思いになって初エッチという流れ。そこも書きたかった……。


何はともあれ、静雄おめでとう!
毎年似たようなこと言ってますが、臨也さんとお幸せに!!


(2014.1.28)


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