無自覚の憂鬱
※臨猫シリーズ
何故だ、何でこんな事になった。
俺は珍しく困惑していた。それはもう、頭上高くから降り注ぐ滝のようなシャワーに恐怖を感じる余裕すらない程に。
食事を一緒に取るのは高校以来だなぁ、なんて暢気に懐かしんでいたが、一緒に風呂に入るなどという機会は、恐らく浅からぬ腐れ縁の中でも初めてのことだ。
学生当時の修学旅行なんかは俺とシズちゃんは行動を共にする事がないよう厳重に別グループに振り分けられていたので、当然、部屋も風呂もグループ行動すら別々だったし(それでもちょくちょくからかいには行ったけど)たまの休みを調整して仲間内で温泉に浸かりにいくような気の置ける仲間という訳ではもちろん、ない。
シャワーの飛沫がかからないようにバスルームの隅っこに移動して、ワシワシと豪快に頭を洗っているシズちゃんの背中を眺めた。


(ふ、ふぅん……。意外と綺麗な肌してる)
あれだけ暴れまわっているくせに、シズちゃんの身体には傷一つ残っていない。白くてすべすべの肌の上を滑り落ちていく水の雫が妙に艶かしい。
……て、何を考えているんだろう。
男の、あろうことかシズちゃんの身体に見惚れるなんて!
わずか数秒前に自身が思い浮かべた言葉を打ち消したくて、ぶるる、と小さく身震いをした。
「……っと、うし。ほら、洗ってやるからこっち来い」
「ふみゃっ?!」
余計な事を考えていたせいか、俺は振り返ったシズちゃんの腕にあっさり捕まってしまった。湯を張った洗面器の中に下ろされ、無意識に全身の毛が逆立つ。
考えてもみれば、この姿になって初めての入浴だ。数日ぶりに身体を洗える事は嬉しい筈なのに、何だか・・・水が異様に怖い。本音を言えば今すぐ洗面期から飛び出してしまいたいのだけれど、大きな掌にがっちりと背中を押さえつけられてしまっているので、まともに身動きすら取れやしない。
シズちゃんは、手のひらに伸ばしたボディソープを俺の背中に塗りたくり、指先で毛を摩擦しながら丁寧に泡立てていった。粗雑な彼の事だから、てっきり頭からシャワーで湯を浴びせられ、洗濯機に放り込まれた方がマシだと思えるような荒っぽい手つきで洗われるものだとばかり思っていたのに。
ゆっくりゆっくり時間をかけて俺の全身を泡で包み込み終わったシズちゃんは、小さな耳や鼻に水が入らないように慎重な手付きで洗面器の中の湯を掬い上げ、ちゃぷちゃぷと浴びせてくれた。


「きもちーか?」
…………はっ!!
シズちゃんの嬉しそうな声にふと我に返る。
身体を覆っていた泡がすっかり落ちた頃には、俺の喉はゴロゴロと嬉しそうに歌っていた。くそ、シズちゃん一体何者なんだよ。ムツ●ロウか!
「う、わ!」
悔し紛れにぴょこん、と洗面器から膝の上に飛び乗って、にこにこと笑っている男の目の前で盛大に身震いをしてやった。全身の毛にたっぷりと蓄えられていた水が、飛沫となってシズちゃんを襲う。
「……ってめ、今拭いてやるから大人しくしてろよ」
ガシガシと荒っぽい手付きで自身の髪を拭いていく姿を顎下から眺め上げて、そんなんじゃ髪の毛が痛んでしまうのではないか、と少し心配になった。脱色しているとは思えない程サラサラで存外に綺麗な髪をしているのに、なんて勿体ない。
もし俺が今人間の姿だったなら、ちゃんと教えてあげられるのに。
「みゃーぅ」
試しに声をかけてみたが、やはりそれは人の言葉にはならなかった。当然、彼が応えてくれるはずもない。髪をかき回す手を止める事なく、鼻歌なんか歌っちゃってるシズちゃん。
いつもだったら、俺の声には必ず応えてくれるのに。「うぜぇ」だとか「死ね」だとか、穏やかではない内容のものばかりだったけれど、今はそれすらない。それが、何だか無性に切なかった。
ねえ、俺はここにいるよ。
君の大嫌いな折原臨也が目の前にいるんだよ?
気づいて。こっちを見ろよ、ねえ。


「……っ?!」
腕を伸ばして胸板に手を着き、二本足で立ち上がるような格好で、シズちゃんの首筋に鼻先を擦りつけて白い項を舐め上げた。ザリザリと鑢でもかけるような音に、シズちゃんの身体は小さく震えた。
「、何してん……ッ」
「にゃーう」
見た目通り、シズちゃんの肌はスベスベのつるつるだった。ほんのりと香る自分と同じシャンプーの匂いがどうしようもなく色っぽい。調子に乗った俺は、目の前にあった色素の薄い乳首にも舌を這わせ始める。
「や、ちょっ…、ふ」
自分の力で俺を捻りつぶしてしまわないか怖くなったのだろう。シズちゃんは、俺の顔を押しのけようとした腕をぐっと押さえ込んだ。
(そんな風に優しいから、俺みたいなのにつけこまれるんだよ)
馬鹿なシズちゃん。震える腕に長い尻尾をするりと回して、宥めるように優しく撫でてやる。
「ん、……ッ」
控えめに吐き出される熱っぽい吐息に気をよくした俺は、そんな彼の戸惑いなど見て見ぬふりを決め込んで好き勝手に愛撫を繰り返した。
時々わざと尖った歯を引っ掛けてやりながら、直接的な刺激にぷくりと如実な反応を示したそこを夢中で舌で弄り続ける。と、とうとう我慢の限界に達したか、顔を真っ赤にしたシズちゃんに首根っこを吊るし上げられてしまった。
この体勢になってしまっては、今の俺には太刀打ち出来ない。残念。
「っ、俺はメスじゃねーから乳はでねぇよ」
何やら見当違いの事を言いながら俺を睨み上げるその両目には、薄く涙が浮かんでいる。女の子とまともに付き合った事もないであろう彼は、きっと誰かにあんな風に触れられた経験が無いのだろう。こんな無防備なシズちゃんの姿を知っているのは、きっと世界中を探しても自分だけだ。優越感にゆらゆらと揺れる尻尾に、この時の俺は自分でも気づかなかったけれど。
「つーか、…お前オスだったのか」
宙ぶらりん状態の俺の腹をまじまじと見つめていたかと思えば、シズちゃんは驚いたように目を見開いて、ぽつり呟いた。
ちょっと、ドコ見て言って……
「んみゃ?!」
つられたように視線を下肢に落として、思わず絶句した。


え、ちょっと待って。俺、別にこんな状況に陥るような事してない筈だよね。
いつも通りちょっとシズちゃんをからかってやっただけだよね。
……何で勃起してんのさ。ありえない。


「……全身真っ黒で細っこい身体しやがって、…あぁ、嫌な奴思い出しちまったじゃねーか」
綺麗な猫だからてっきりメスだと思ってたのによぉ。
耳まで真っ赤にしてそう吐き捨てられた言葉は、残念ながら俺の耳には届かなかった。






 



獣姦プレイしてもいいのよ、って意見多数で
みなさんとは美味い酒が飲めそうだなぁと思いました(作文)


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