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「化け物」 あいつにそう呼ばれて、毎度律儀に傷ついていたのは、恐らく高校を卒業する辺りまでだ。大人になった今、何とも思わない――と言えば当然嘘にはなるが、あの頃のように胸が締め付けられるような気持ちを味わう事はなくなった。 当時はその感情を怒りに変換することで自分を保っていたのだろう。その事に気付いたのはごく最近になってからだったけれど、あれはある意味健全な発散方法だっのかもしれないなと、今の俺は昔の自分を少し羨ましくも思う。 来神を卒業して数年。俺もあいつも世間から見れば大人の枠組みに入る年齢になった。しかし、学生生活の終わりと共にに切れるだろうと踏んでいた腐れ縁は未だ繋がったままだ。いや、むしろ悪化したと言ってもいいだろう。 「ふ……っ、ん、ぁ!」 「……は、はは!何?気持ちいいの?」 固く目を瞑って体中を巡る快感を紛らわせようとするも、視覚を遮断するとそれ以外の感覚が必要以上に鋭敏になってしまい逆効果だと気付く。薄く目を開けば、臨也の端正に整った顔が目の前に広がっていて。たまらずに顔を背けてベッドのシーツをきつく握り込んだ。 俺の腰を掴んでいる手に、ぎり、と力が籠もり肌に爪が食い込む。常人であれば、痛いと感じる程の力なのだろうが、極限まで高められた身体はそれすらも快感に塗り変えてしまうのだから性質が悪い。 臨也が深く腰を打ち付るたびに、俺の身体はずるずるとベッドの上を滑る。中を抉る熱も、乾いた布の上を背中が擦れる弱い刺激も、こいつが腰を振る度に胸や腹にポタポタと滴り落ちる汗の雫さえ。全てが快楽へと繋がって、頭がどうにかなりそうだった。 ――いざや、 ふいに名前を呼びそうになって、慌てて下唇を噛んだ。同時に身体が強ばり、中を犯す熱を締めあげたらしく、臨也が息を詰めて眉間に皺を寄せるのが分かった。 「すご、俺の……食い千切られそ、だよ」 「あ、はっ…ぁっ、あ……ッ!」 わざと焦らすようにゆっくりと引き抜いた性器を、閉じかけた秘孔に勢いよく突き立てられ、背筋を駆け抜ける衝撃に俺の身体は悲鳴を上げた。 「は、化け物の上にっ、淫乱とか、ホント救えないっよね……ッ」 「ん……ぁッ、あ、ひっ、……んん!!!」 今も昔も変わらず、俺を「化け物」と呼ぶ臨也。そんな奴の一体何が俺を引きつけるのかは、正直な所自分でも分からなかった。俺以外には優しくて善良な人間なのかと問われれば、それにも首を傾げずにはいられない。こいつは正真正銘腐った男だ、と十分に認識している筈なのに。 それでも、この想いは理由や理屈では説明できないものらしく、気が付いた時にはもう到底手遅れだった。人類愛を謳うこの男の中で、自分がこいつの言う所の愛の対象になる日はきっと永遠にこない。それすら分かっているのに、馬鹿な俺はこの温もりを手離せないでいる。 「っ、くしょ……ッあ、あっ、んぁっ!」 今となってはナイフですらほとんど傷を残せなくなってしまったこの体と同じように、心も傷つけば傷つくほど強靱に進化してしまえば良いのに。 「あは、ははは!ほら、イけよ……ッ化け物」 「ひ、ぁっ……や、あぁぁッ!!」 真っ白に染まる思考の片隅でぼんやりと思う。このまま臨也に壊されて、粉々に砕け散った心は、最後には何も感じなくなって、本物の怪物へと変貌していくのかもしれない。 いっそ、さっさとそうなっちまえば楽なのにな、と。 中途半端に切り刻まれた心は、まだこんなにも痛むから。 * * * どうしてこんな事になったんだろう。 問いかけても答えが返ってくる筈もない事は分かっている。それでも、性懲りもなく俺は何度も繰り返し問う。――どうして、どうしてと。 「……っけほ、」 吸い込んだ煙を吐き出す瞬間、珍しくむせこんだ。無茶苦茶に抱かれ、声が枯れるまで喘がされた喉にメンソールがひりひりと滲みる。隣で眠る男を起こさないように、膝に顔を埋めて乾いた咳を繰り返した。じわりとに滲んだ涙は、煙草の煙のせいだと言い訳をして、音を立てないように注意を払いつつ、ベッドから降り立つ。 のろのろと服を身に纏う間、俺は一度も臨也を振り返らなかった。あいつの事だからもうとっくに目を覚ましているのだろうが、それを確認する事もなく、一言も言葉を発さずにそのまま部屋を後にした。 俺たちの間にいつの間にか生まれた暗黙のルール。 キスはしない。 一緒に眠りもしない。 終わったら俺が先に出ていく。 そして日常に戻ったら、この事は誰にも言わない。 これはあいつが始めた趣味の悪いゲームだ。臨也が飽きたら、そこでゲームオーバー。この酷く不安定な関係は簡単に終焉を迎えるだろう。それでも、俺はあいつの手を振りほどけない。騙された振りをして、仮初めの温もりに縋る。 心なんかなくてもいい。ただ、あいつが俺に触れるその瞬間の熱だけは、きっと本物だと思えるから。 → |