TFPとクロスオーバー編3
基地内に楽しげな笑い声が響き渡り、ラチェットは作業の手を止めて声がする方向へと振り返った。
そこには日頃から懇意にしている人間の子供達に混じりながら談笑するオートボットの青年が三人いる。
バンブルビーとスモークスクリーン、そして未来から来たと言うサイドスワイプだ。
いきなり現れ、人をおじさん呼ばわりしたかと思えばあろうことかオプティマスを父親だと言ってのけた戯けたTFをラチェットはあれからずっと観察していた。
「オプティマス、君は彼の言い分を信じているのか?」
「だが、君の調査では彼が嘘を付いている証拠が見つからなかったのだろう?」
「それはそうだが…だからと言って未来の君の息子だと素直に信じられるのはまた別の話だ!」
ラチェットは眉間に皺を寄せる。
そんなラチェットを見下ろすオプティマスは小さく笑った。
「そうだな。私もまだ信じられないよ」
「未来では君は父親か。なんだか想像できん」
「私もさ。だが、悪くは無い気がする」
オプティマスはオプティックを細めてサイドスワイプを見つめる。未来から来た息子。彼の存在が示すもの、それは。
「…少なくとも未来では、サイバトロン星が復活して戦争は終わっているという事が分かっただけでも嬉しい」
「オプティマス」
「そして未来の私は静かに暮らしていると、そう彼から教わった」
「…我々の戦いは無駄に終わらなかったと言うことか」
サイバトロン星の再建。オプティマスがもう戦わなくともよい世界。それが叶えられたのなら友としてこれ以上の幸せはないだろう。
「ラチェット、私はもっと彼と話がしたい。少し出かけて来る」
「了解した。ーくれぐれもディセプティコンには注意してくれ」
「分かっている」
オプティマスは笑みを浮かべながら頷いた。サイドスワイプを呼びに背を向けて歩き出す彼を見ながらふとラチェットは思った。
サイドスワイプが来てから彼が少しずつ笑うようになったのは、決して気のせいではないだろうと。
基地から出発して1時間ほど過ぎた頃。
人気の無い森の中にサイドスワイプとオプティマスが隣同士で座っていた。
雲ひとつ無い快晴の下で、オプティマスと二人きりで静かな湖面をじっと眺めている。
互いに話し掛ける事もなく、ただ静かな時が流れてゆく。
(これが地球の自然かぁ。綺麗だし天気もいいし最高の眺めだよなぁ。さっきからなーんにも会話ないけど…でも何で急に俺をドライブに誘ってくれたんだろ?)
サイドスワイプはちらりと横目でオプティマスを盗み見る。
過去の父親。未来でラチェットから話には聞いていたが、なるほど近寄りがたい雰囲気を感じる。精悍な横顔は湖面を見つめたまま何も語ろうとはせず、どこか遠い何かを見ているようで少し不安になった。
(そうだ。まだこの時代は戦争をしているんだよな…俺が生まれる前の話を全然しないから実感が湧かなかったけど、親父はプライムとして戦い抜いたんだ…)
思えば、オプティマスは戦争当時の話をあまりしなかった。サイドスワイプも別にそこまで興味が無かったために聞く事もなかったのだが。
だが、この時代の父はなんと悲しげで寂しそうな顔をするのだろうか。
若輩者の自分には想像できないほどの気苦労が絶えないのか。
あるいは別の要因があるのか、サイドスワイプには分からない。
なんとなく聞いてはいけない空気を読んだサイドスワイプは、オプティマスから視線を戻してただぼんやりと光がたゆたう水面を眺めていた。
「君は」
「っ!は、はい!?」
静寂に投げ込まれてサイドスワイプの肩が飛び上がる。
大袈裟に驚く彼にオプティマスは思わず苦笑した。
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだが」
「い、いや、別にいい……ですよ。俺こそすみません」
「提案がある。敬語は止めにしないか。私と君は親子の間柄なんだろう?だから二人きりの時は普通に会話して欲しい」
「え、でもさすがにそれは…」
あまりにも失礼なんじゃないかと気後れしてしまう。未来では父親だがさすがに今は現役のプライムなのだ。そのプライム相手にタメ口など許されないのではと思う。
ラチェットの拳骨がまた降ってきそうで怖いし。
「サイドスワイプ?」
「へ?わっ!?」
そんな風に思い悩むサイドスワイプの顔をいつの間にかオプティマスが覗き込んでいる事に気付いた瞬間、喉奥から悲鳴が飛びそうになった。
サイドスワイプは不思議そうな顔をするオプティマスを硬直したまま見つめてしまう。
何故だろう。やっぱり未来の姿とは違うからか、父親と同じように見れないような奇妙な違和感がある。
眩しくて直視出来ない何か。
プライムの威光とオプティマス個人への好感がサイドスワイプの違和感を解してしまう不思議さ。
そうか、これがプライムとしてのかつての父親なのか。そう思うと改めて父親の偉大さを再認識する。変にドギマギしている愚かな自分を罵りたくなった。
ハッキリ言えば、個人としてオプティマスが好きになり始めている。
ベタな恋愛感情では無い、決して。
彼とは未来で親子になる。なら今は?今の関係は何なのだろう。
ただ単純に好きで、好ましく、愛おしく感じ始めているのかもしれない。
「…やはり急に言われたら迷惑かな?」
「いや、そんなことないぜ!えっと、オプティマスがそう言ってくれるなら二人の時だけ敬語は無しで。OK?」
そう言うと、オプティマスは頬を緩めた。
「そうしてくれると嬉しい。ならサイドスワイプ、二、三聞きたいことがあるんだが…」
「分かってるよ。オートボットがこの戦争に勝ったかどうかなんだろ?」
「もちろんそれも聞きたい。だが私はもっと知りたい事がある」
「え、なに?」
ふっとオプティマスの表情に影が落ちる。
「君の存在がオートボットにとって希望が持てるという事は分かった。知りたいのは……私とメガトロンはどうなったのかが聞きたい」
サイドスワイプの表情が凍った。
軍団の長である二体。オプティマスプライムと破壊大帝メガトロン。その結末はアカデミーで習っているサイドスワイプは当然知っている。
未来の事実を今、彼に伝えるべきか。
その判断が決めかねるサイドスワイプの言葉をオプティマスは黙って待っていた。
それは込み上げる激情に耐えているようにも見えて、思わず胸が締め付けられる。
(あんな真剣な表情は見た事がない…何で、そんな悲しそうな顔をするんだよ)
メガトロンとはかつて親友同士だったとラチェットから聞いている。
まさか、メガトロンが気になるのか?
敵対しているにも関わらず、未だにメガトロンに対して情愛を抱いているのだとしたら。
「…父さん、は」
あえてそう呼ぶと、明らかにオプティマスは動揺した。
それはそうだろうなとサイドスワイプは申し訳なく思う。
誰だって未来から来たまだ見ぬ息子に父さんなどと呼ばれても戸惑うだろう。
それでも今は何故かそう呼びたかった。
自分も寂しいのかも知れない。
「メガトロンに生きていて欲しいのか?」
「…私は…」
「なぁ、俺たち二人きりの時だけは親子だろ?息子の俺なら本音をブチまけていいからさ。絶対に誰にも言わない。約束する」
「…私は………!」
オプティマスの表情がヒビ割れたように崩れる。
縋るようにサイドスワイプの肩に手を置いて抱き寄せた。サイドスワイプも抵抗を見せずになすがままに胸元に顔を寄せた。子供の頃はよく抱き締められたのを懐かしく思い出す。
あの頃は父親が大きく見えたが、今のオプティマスはまだ父親ではない現役のプライムなのだ。
その狭間で揺れている。
「辛いよな…」
「サイドスワイプ…私はプライムとして、決して許されない願いを抱いている。仲間を裏切ってしまう願いを望むのは許されないのに、浅ましくも私は望んでしまうんだ」
「メガトロンに生きて欲しいんだな」
「生きて欲しいし、出来るなら昔のように戻りたい…戻りたいんだ。あの頃に戻りたい。帰りたい、帰りたい…!」
なぁ、父さんはいつも泣いていたのか?
俺がここに呼ばれた意味は父さんの孤独を少しでも癒すためなのだとしたら。
そう思うサイドスワイプもなんだか無性に寂しくなってきてしまい、プライムの背中をきつく抱き締めた。
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