星空の下で(ビ→オプ、オプビ)
*スワスト要素も少しあり。
「あなたは私が守ります」
凛とした声が聴覚センサーに届き、バンブルビーはハッとして顔を上げた。
作業をしていた手を止めて声のする方を見ると、オプティマスの傍に寄り添うウィンドブレードの姿が見えた。
ウィンドブレード。女性ながらも力と技に優れる貴重な飛行タイプのトランスフォーマー。
加えて容姿だって悪くない。現にサイドスワイプは彼女にめろめろで、少しでも気を引こうとあの手この手で彼女にアプローチしまくっている。
その一途な努力はこちらが見ていて哀れに思うほど見事にスルーされてはいるが。
それでも諦めきれないのだろう。
任務に関係の無い話はしないでと冷たくあしらわれても、挫けず歯が浮くようなセリフで口説きまくるサイドスワイプの背中はいっそ清々しい。
そんなサイドスワイプの妬むような視線が、工場の壁に隠れつつもはっきりとオプティマスへと突き刺さっている。
グギギ…と恨みを込めて冷却水をオプティックに浮かべながら白いハンカチを噛み締めている様はシュールな光景だ。
そしてそんなサイドスワイプの足元にはラスティとフィクシットの2人が笑いを堪えながらコッソリとスマホを掲げて盗み撮りをしているのを見つけたバンブルビーは、あーあと苦笑する。
(これでからかわれるネタが一個追加したな)
ラスティもフィクシットはサイドスワイプの一方的な片思いを面白がっている節がある。
後で一応注意しておくか…と、バンブルビーが思っていた時、ふと正面に視線を戻すとストロングアームが無言でじっと見つめていることに気付く。
むろん自分ではない。ウィンドブレードとオプティマスの2人を壁に隠れて睨みつけているサイドスワイプを、だ。
彼を見つめるストロングアームの横顔は呆れを含みつつもどこか寂しそうで。
(こんなにも近くにいたのに、隣にいない…)
そんなストロングアームの悲しみが伝わってくるようで、バンブルビーのスパークもチリ…と痛んだ。
何故なら、バンブルビーもそうだからだ。
オプティマスの隣に立つのはいつも自分だけだと思いたかった。
だけど今は…?
「隊長?大丈夫ですか?」
考えにふけこんで無言になったバンブルビーを気遣うように、ストロングアームが顔を覗き込んできた。
「あ、ああ。大丈夫だストロングアーム。少しぼーっとしてしまったよ、はは」
「疲れているなら少し休んだほうが…」
「いや、大丈夫さ!さぁ早くこれを片付けて休憩に入ろう。休憩が終わったら基地周辺のパトロールだ」
「了解です」
気を取り直して止まっていた作業を再開する。しばらくお互いに黙々と作業をしていたが、やはりどことなくストロングアームの元気がなかった。
…やっぱり放っておけないな。
「…気になるか?」
「え!?な、何をですか?」
「あの2人だよ」
指をさした先には穏やかに談笑するオプティマスとウィンドブレード、そして2人を影から半泣きで睨むサイドスワイプの姿があった。
固まるストロングアームにバンブルビーは苦笑する。
「図星だろ?」
「ち、違います!私は別に何とも…!」
「そうかなぁ?俺には寂しそうに見えたんだけどなー。主にサイドスワイプに対して」
「な…」
「構って欲しいのにウィンドブレードばかり見つめていて、だけどウィンドブレードはいつもオプティマスの側にいる。やっぱり寂しいんだろ?」
「別に、あいつが誰を見ようと私には関係ありませんから…」
ムッとするストロングアームだったが、頬が少し赤くなっている所を見ると本音ではないのだろう。
「ストロングアームは可愛いな」
「た、隊長は詮索し過ぎです!」
「ごめんごめん、でも俺ですら分かるのにサイドスワイプと来たら鈍感野郎だな。あいつは女心を全然分かっていない」
「あら、隊長は女心をご存知なんですか?」
「少なくとも君がサイドスワイプに構って欲しいのはよく分かる………う、ごめん!もう言わないからそんな睨まないでくれ!」
「………私は」
慌てて謝るバンブルビーだったが、ストロングアームはふと俯き加減に声を落として呟いた。
「…そんなに女らしくないのでしょうか?」
「え?」
彼女にしては珍しく弱気な言葉だ。
そんなに思い詰めていたのだろうか。
「まさか何かサイドスワイプに言われたのか?」
そう聞くと、ストロングアームは深いため息をついて項垂れた。
(あいつ、またデリカシーのないことを言ったな…さすがに一度とっちめるか)
「俺は、初めて会った時から君はいつも一生懸命で、素敵な大人の女性だと知っているよ。誰に何を言われても気にするな。俺はちゃんと普段の君を見ているから」
バンブルビーは本心でそう語る。
一方のストロングアームは顔を真っ赤にしてしばらく口をパクパク開けていた。
「あ、ありがとうございます…すごく嬉しいです」
「ならよかった」
「…そう言う隊長こそ大丈夫なんですか?」
「へ?」
「だって、先ほどからどこか上の空でしたよ?」
「そう…だったかな?」
「まるで構ってもらえなくて寂しそうな子供のようでした」
「はぁ!?誰に!?」
「オプティマスにですよ。昔からずっと一緒にいたんでしょう?分かりますよ!」
「うぅ…」
面白そうに笑うストロングアームに、バンブルビーは赤面するだけで何も言い返せず。
半分図星だからだ。
「確かにそれはあるけどさ…俺は昔のような子供じゃないんだから、構ってちゃんじゃないしそれに…」
「え?」
「なんか、あの2人お似合いだなぁって」
「隊長…」
「なんてな、ハハハ。さぁさっさとこれを終わらせて休憩にしよう!」
「は、はい」
明るく振る舞うバンブルビーが心配ではあったが、言われた通りこの仕事を早く終わらせよう。ストロングアームは作業の手を進めた。
真夜中の12時頃。
スリープモードに入っていたバンブルビーは、ふと個人回線にメッセージが届いていることに気づいておぼろげな意識を浮上させた。
差出人はオプティマス・プライム。
(…オプティマス!?)
名前を確認した瞬間に覚醒した。
ドギマギしながら静かにビーグルモードからロボットモードへとトランスフォームする。
そっと周りを見渡す。デニーとラッセルはすでに自分の部屋に寝入っているし、フィクシットやグリムロックも仲良く寄り添って眠っているのが見えた。
ドリフト師弟やウィンドブレードも然り。
ただ、サイドスワイプとストロングアームの2人だけがなぜか見当たらない。
工場のどこにもいないようだ。敵が現れた訳ではないのならば、これは。
「2人きりで密会か…なんだ、心配することないじゃないか」
男女で2人きりならそういうことだろう。やるなぁサイドスワイプ。バンブルビーはニヤリと笑って工場の入り口へと歩き出した。
目指すは自分を呼び出したオプティマスの元へ。
(男女、ではないのだが。これも立派な密会だろうなぁ)
スクラップ工場からこっそり出発して数キロ離れた場所にある森の中でオプティマスは待っていた。
そしてバンブルビーが到着した瞬間、何を思ったのか急に抱き締めて来たのだ。
バンブルビーは予期せぬ優しい抱擁の理由が分からず動揺する。
「お、オプティマス!?急にどうしたんですか?」
「すまない…驚いたか?」
「え、ええ…まあ。ビックリしちゃいますよ」
「君には悪いが、しばらくこのままでいたい。許してもらえるだろうか」
「…もちろん、貴方なら」
「よかった」
そのまましばらく抱擁が続いた。
逞しくも優しい腕に抱かれながら、バンブルビーは昔のことをやんわりと思い出す。
「こうしていると昔の事を思い出します…オプティマスにはよく、こうしてもらったから」
「あの頃の君はまだ少年だったが、今は見違えるほど大きくなったな。リーダーとしても立派に成長したな、バンブルビー」
「そんな、まだまだですよ。…俺は、貴方のような立派なリーダーになりたいとずっと思っていた。でも、ただ貴方の真似をするだけではだめだと気付いたんだ」
「…そうか…」
「教えてくれたのは貴方です。俺にとってのリーダーはいつまでもオプティマス・プライムですよ」
いつでもオプティマスの背中を追いかけていた。
大き過ぎるその背中にいつか、いつか手を伸ばして触れたいと。
貴方の側にいたい、役に立ちたい。
ずっと貴方の側にいたいーーー
そんなバンブルビーの切ないほどの感情がオプティマスのスパークに伝わってくる。
思わずギュッと抱きしめる腕に力が込もった。
少し気恥ずかしげに腕の中のバンブルビーが身じろぐ。
ふと顔を上げると、優しい眼差しのオプティマスとオプティックが合う。淡く透き通る青に見惚れていると、次第に近付いてくる輪郭に気付くのが遅れてしまった。
今、キスをしていると気付いたのは。
オプティマスと、キスをしている。
バンブルビーは最大までオプティックを見開く。ブレインはエラーを起こし、思考回路は停止する。
「んーーん…」
大きな口に吸われ、差し込まれる滑らかな舌先が口内を弄り舌先で絡み合う。
唇が濃厚に触れ合うたびにスパークが焦がれるように熱くなる。オプティマスの深い海のようなオプティックが劣情を宿した色に染まっていくことに気付いた時には、すでに機体は地面に押し倒されていた。
「バンブルビー…君は」
聴覚センサーの下で囁かれる声音がバンブルビーを甘く痺れさせたが、彼にしては珍しく困惑するような口ぶりだ。
訝しげに見上げると、口を開くのを躊躇っている表情がそこにあった。
「…オプティマス?」
「ストロングアームと、その…付き合っているのか?」
「…はい!?何でまたそんなことを!?」
「昼間、君とストロングアームの会話が聞こえてきたんだ。君が、ストロングアームを褒めているのが聞こえてな…」
「あ、あー……あれですか…確かに言いましたけど……でも違います!俺とストロングアームはいわゆる男女の仲じゃないんです!」
と言うか、結構離れていたんですが聞こえてたんですね。
オプティマスデビルイヤー…などと思っていたら、悲しげに顔が歪んだのを見て慌てて否定した。
その瞬間、パッと安堵したように頬が緩むオプティマス。
その変化がなんとなく可愛い、とバンブルビーは思った。プライム相手に大変失礼だとは思うのだが、まるで捨てられた子犬のようで可愛いと思ってしまった自分に驚いた。
「そうか、ならよかった」
「え、え…?何がですか?」
「…最後まで言うのは気恥ずかしいが、私は君が好きだ」
今、好きだと言われた?
「え、あ?」
「バンブルビー、君が好きなんだ」
「オプティマス?」
「今日はこれだけを言いたくて君を呼び出した。返事はまた…今度聞かせてもらう」
また抱き締められ、優しくそう囁かれたら後にもう一度キスをされた。
呆然とするバンブルビーの唇を指で撫でるオプティマスは苦笑してお休み、と告げるとビーグルモードへトランスフォームしてその場を走り去る。
残されはバンブルビーは固まったまましばらく星空を見上げていた。
そっと胸に触れる。今までのキスや告白が夢うつつのようでまるで実感などなくて。
それでも、早鐘のように鼓動が止まない。
(スパークが熱くて堪らない…)
明日はどんな顔をすればいいのか。
(オプティマス)
今夜はもう眠れそうになかった。
(終)
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