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前編


「泊めて」

 真夜中の来客は俺の返事も聞かずに部屋に上がり込んだ。




「お前さ、今何時だと思ってんの」

 最近頻繁に訪れるようになったこの男は、同じ大学に通う……学生。
 学部は同じだがあまり接点はなく、俺の名前を知っているかも怪しかったくらいだ。

「眠い。寝かせて」

 家主の主張は完全に無視。
 そのままそいつは俺のベッドに寝転んだ。

「おいふざけんなよ、床で寝ろ。おい、おいっ!?」


 ………。


 クソ、もう寝やがった。
 一度寝ると絶対朝まで起きないのは確定なので、仕方なく6月に入って未だに出しっ放しのコタツに潜り込んだ。

 俺のベッドを奪った男“葉山”は、大学内でも有名な男だ。
 まぁまぁ出来の良い大学では有るのだが、それでも学内入れば頭の出来などピンキリ。
俺はその底辺に居るわけだが葉山は違う。トップクラスだ。
 その上顔の出来だってトップクラスだから、大学の女達からは“王子”とか呼ばれててちょっと笑える。
 まぁでも、その王子ってやつが似合ってしまうから恐ろしいんだけど。

 今のこの暗がりでは分からないが、全体的に色素が薄いらしく髪の毛なんて日の光が当たると蜂蜜色に透けてしまう。
 いつか太陽の下でこいつは溶ける、と俺は常日頃から思っている。

 窓を閉め切ると蒸し暑く、開けると妙に肌寒い最近の夜。
 喧騒の収まる夜中を通り過ぎ少し白みはじめた空の下で、先走った夏の虫が鳴いていた。



 ◇



「いってぇ…」

 昨夜、葉山のせいで固い床で眠らされたその反動は見事に背中へ現れた。

「なに、また葉山くん?」

 隣で真っ青な液体を飲んでいる真っ青な頭をした男が首を傾げる。

「アオ、そんなもん飲むなよ…絶対ソレ身体にわりぃぞ」
「でも、俺の色だから。一度は飲んでやらないと」

 見るからにクソ不味そうなそれは、きっと海外からの輸入品だろう。

「で、葉山くんなんでしょ?」
「…まぁな」


 葉山がウチに来るようになったのは一ヶ月よりもう少し前からだ。
 焼き鳥屋のバイトが長引いて、何時もより帰る時間が遅くなったある夜。

「チッ、大将人使いが荒れぇんだよ」

 煙とタレの臭いが染み付いたくったくたの身体で必死にチャリを漕ぐ。腹も減ったし課題もあるが、今は兎に角直ぐ風呂へ入って泥の様に眠りたい。
 しかしアパートまであと少しって時に、通り過ぎかけたコンビニから聞き覚えのある声がした。

「おい、大丈夫か? 立てるか?」

 コンビニの店員らしき男が、駐車場に座り込む男へ声をかけている。

「………高橋か?」

 声に驚いたのか、自分の名前だったからか分からないが、こちらを振り向いた男は矢張り同じ大学に通う高橋だった。

「あれ、名取?」
「おう」

 なんとなく無視出来ず、チャリを止めて手を上げながら高橋へと近づく。

「どうした」
「あ、あぁ…葉山が潰れてて」
「葉山?」

 座り込んだそいつの顔を覗き込むと、そこには思った通りの綺麗な顔があった。

「なんだ、飲み過ぎか?」
「みたいだね」
「お前一緒じゃなかったのか」

 そう聞くと高橋は自分の制服を摘まんで見せた。

「だよな。で、何でこいつここにいんの。家近ぇの?」
「いや真逆。多分俺に会いに来たんだと思う」
「迷惑な奴だな」

 容赦無く言うと高橋が吹き出す。

「これ、どうすんの」
「上がりまでまだ時間があるから、休憩室にでも寝かせとく」

 よいせ、と葉山の脇の下に腕を回して立ち上がろうとする高橋。
 葉山と高橋は仲が良い。大学内でもよく一緒に居る所を見かける。高橋も葉山とは種類が違うが男前でモテるし目立つ。葉山が“王子”なら高橋は“騎士”っぽい。
 話し方は抑揚があまり無い為素っ気なく聞こえるが、迷惑をかけられてるとは思っていない様だし行動は優しい。
 感心しながら少し見守り、やがてズルズルと重そうに足元がお某か無い葉山を引きずる高橋に俺は声をかけた。

「高橋、ロープ持ってこいよ」






「本当に大丈夫か?」
「まぁ行けるだろ。おい葉山、腰しっかり掴んどけ」

 葉山を荷台に座らせて指示すると先程よりはこっちの声が届く様になったらしく、弱々しいながらも俺の腰に腕が回される。
 だが自力でずっと掴まっていることは難しそうなので、葉山と自分の腰を高橋がロープの代わりに持ってきたビニール紐で縛った。

「じゃあ名取、お願いね」

 仕方なく、本当に仕方なくだが放っておけず。結局直ぐそこにある俺の家に、葉山を連れて帰ることになった。
 後ろでブレる身体のお陰でチャリの重心は不安定だ。いつもの何倍も安全運転で発進し、高橋に手を振った。

「じゃあな」

 ユラユラと不安定に走り去る俺の背中に向けて、高橋が「ありがと」と呟いたが、残念ながらそれは俺の耳には届かなかった。




 次の日の葉山は至って普通だった。
 殆んど面識の無い俺の顔を見ても驚きもせず。二日酔いも無く前日の記憶もちゃんと有った様で、目覚めて早々『ご迷惑お掛けしました』と土下座してきた。
 もう飲み過ぎんなよ、と言えば、うんもう飲まない、ごめんなさいと謝った。
 たまに見かける程度ではあったがあまり笑う姿を見たことが無く、スカした奴かと思っていたが意外と素直だ。

 素直に謝る相手をこれ以上責める趣味は無いので、『高橋にもお礼言っとけ』と解放した。
 そうしてそんな葉山が再び俺のアパートに現れたのはその三日後。しかもちゃっかり寝巻きらしきものを着て現れた。

「お前今何時だと……って、何だその顔」
「お願い、泊めて」
「は?」
「眠れない。家じゃ、眠れないんだ」
「………」

 その時の葉山の顔色が余りに悪くて。それこそこの間酔い潰れてた日よりも悪かったから、思わず。

「……入れば」

 だが、その選択が間違っていたと数分後に思い知ることになる。



「ゴラァア! てめぇ何ベッド取ってんだよっ、おいっ! オイ!! おいってぇええ!!!」

 結局葉山は朝まで俺のベッドを占領しやがった。



 ◇



 誰もいない。
 だから、何の音もしない。

 ただそこには
 ひとりぽつんと自分が居るだけ。

 誰もいない。
 だから、何の匂いもしない。

 今日も俺は


 ―――眠れない






 今日も王子の周りには人がいっぱいだ。
 誰のことも拒否しないから、人は集まる一方なのだろう。

「マー君さ、葉山くんとはどんな会話するの?」
「え!?」

 アオからの突然の質問に俺は固まる。

「だって、三日と開けずに泊りに来るんでしょ?」
「ま、まぁな…」
「どんなこと話すの?」

 言われて改めて考えてみると、俺、

「会話したことねぇかも」

 だってあいつは、必ず夜明け前って言うとんでもない時間に来るのだ。
 俺は深いところから起こされて寝ぼけまなこだし、あいつも来ると数分で寝てしまう。起きる時間は一緒だが、あいつは顔を洗う間も無く帰って行く。

 葉山を初めて泊めた朝に話したのが一番長い会話で、後は「泊めて」「お願い」「ありがと」くらいしかあいつから聞いたことが無くて、俺は俺で「今何時だと思ってる」とか「俺のベッドを取るな!」「ふざけるな」とか。
 しかも大抵俺の言葉はさっさと寝てしまった葉山の耳には届いちゃいない。
 俺が首を傾げると、隣でアオも変な青い液体を飲み干してから首を傾げた。

「変な関係だね」







「またかよ」
「お願い」

 その日もまた葉山は夜明け前に現れた。
 けどその格好はいつもの寝巻き姿とは違い大学に居たときそのままで。

「待った!」

 いつもの様にベッドへ向かう葉山の腕を掴み食い止める。

「そのまま寝んな、俺は割りと潔癖なんだよ。取り敢えず風呂入って来い」
「でも…もう眠い」
「嫌なら出てけ」

 そう言って無理矢理葉山を風呂場に押し込んだ。
 耳をそばだてて様子を伺っていると、少ししてから小さな衣擦れの音。そのまた少し後にドアの開閉の音がしてやがてシャワーの音が聞こえた。
 それを確認してから洗濯したばかりのジャージ、新品の下着と歯ブラシを用意する。

「着替えと歯ブラシ置いとくからな」

 脱衣所から風呂の中に声をかけると、うん、と小さく返事が聞こえた。
 部屋に戻ってコタツの周りを少し片付けて、いつも自分が床に追いやられた時使うタオルケットを用意する。
 毎回毎回ベッドを取られるのは意味が分からないし、背中も痛い。この部屋の主は俺なのだ。俺優先なのは当たり前だろう。

「……出ました」

 コタツの準備が整った頃、風呂から葉山が出て来た。

「お前、今日こそコタツ。分かった?」

 葉山は一瞬きょとりとした顔をしたが、意外と簡単に首を縦に振った。

「分かった」


 コタツに潜ってタオルケットをかけた葉山は何時もの如くすごい速さで眠りについた。強気に出てみたものの、あんまり素直に従われると何故か罪悪感が湧く人の心理…

「何だよ、ベッドじゃ無くても寝れるんじゃねーか」

 そう呟きながら自分を納得させて、布団に潜り込もうとした時チラリと目に入ったもの。

「………」

 ギュッと強くタオルケットを握り締めた葉山の手。まるでタオルケットに逃げられない様にしているみたいだ。
 俺はそれを見て、意味も分からず切なくなった。

 葉山の身体からは、頻繁に甘ったるい女の匂いがした。
 薄い日も有れば濃い日もある。
 濃さで何して来たか勘付いてしまう自分に嫌気が差すが、分かるもんは仕方ない。

 小綺麗な見た目にそぐわず案外遊んでいることに何故か僅かに落胆したが、こいつも一端の男なんだな、と安心もした。
 だが納得いかない部分もある。
 下世話な話だが、匂いの濃い日は特に、そこまでしたならその女と朝まで過ごせば良いのにと思ってしまう。
 ウチに来ない日がそうなのかと一度聞いてみたが、来ない日は家に居ると言っていた。


 葉山は、何故ウチで眠るのだろう。
 この場所に何を求めているのだろう。


 どれだけ考えても、俺には一向に分かりはしなかった。


 ◇


 葉山が四日連続で泊まりに来た。でも、一日目にコタツで寝させてからは自らコタツへと潜り込むようになったので、何とか四日間ともベッドは死守することに成功した。
 眠りについた葉山は、見ていると何だか切なくなる。

 眠っているのに力の籠った両手。その手に握られるタオルケット。
 まるで何かに縋り付いているみたいだ。

 大学内で見かける葉山はいつだって沢山の人に囲まれている。
 まぁ相変わらず笑ってはいやしないけど、嫌そうでもない。傍から見れば賑やかで楽しそうに見える。
 けどこうやって眠る葉山を見ていると、その全てが崩れていく様な感覚に襲われた。

 寂しいのか。不安なのか。
 何を求めてる。
 どうして欲しい。

 口に出せずにいるが聞きたいことが山ほどある。

「どうして…うちに来る」

 一番聞きたいことは、今日も真昼の風に吹かれて消えた。


 ◇


「……お前今日で五日目だぞ。大丈夫か」
「家なら、平気」
「ふぅん」

 最初から来るつもりならもっと早くこればいいのに、と今日も時計を見て思う。タオルケットを葉山に投げて言う。

「今日もお前はコタツだかんな」




 うつら…と二度目の眠りに誘われかけたとき、ふと背後で気配がした。

「っ!?」

 ごそり、と何かがベッドへ侵入しようとしている。

「え、ちょ、なにしてんの?」

 暗闇のなかで肩越しに振り向けば、見覚えのあるシルエットが動いている。ここ数日はコタツで静かに眠っていたというのに一体何なのか。

「何だよ、やっぱコタツだと背中痛ぇの?」
「…しない」
「は?」
「匂いが、しないんだ。眠れない」
「………」

 言ってる意味がよく分からない。

「チッ、しゃーねぇな。変わってやるyッぐぇぇ」

 意味は全く分かっていないが、ずっとコタツで寝させることに何だかんだで良心が痛んでいた俺。
 あくまで“仕方なく”を装ってベッドを譲ってやろうと起き上がる。が、何故か葉山に引き倒され元の位置に戻る。

「ここに居て」
「はぁ? 野郎二人で寝るとかあり得ないだろ? 狭ぇし」
「お願い」

 どうしようこいつ。
 俺は何故か葉山の『お願い』にはいつも逆らえない。声の中に見えない何かが潜んでる。

「ハァァ……分かったよ」

 もぞもぞと出来る限り壁の方へ寄って葉山と距離を空ける。

「って、おい!」

 空けた分詰められて、その上背中にピタリとくっついて来た。

「大丈夫、俺、体温低いから暑く無いよ」

 いやもう大丈夫の意味、使う場面も心配しどころも全部間違ってるから。
 けど、そのツッコミは口から出ずに終わった。だって葉山は。

「もぉ寝息立ててやがる…」

 やっぱり今日も、凄い早さで寝付いてしまったから。


 ◇


 五日連続で葉山が訪れ、初めて休みの日にかぶった。
 いつも通り朝八時に俺が起きると、葉山も共に起きて来ようとするがまだ目が半目だ。

「お前、今日大学行くの」
「……行かない」
「予定は」
「無い」
「じゃあもう少し寝てろ」

中途半端に起き上がって居た葉山の肩をトンっと押せば、奴は簡単にベッドへ埋まった。

「朝飯出来たら呼んでやる」

 出来上がるのは十時半頃だろうか。
 休日はやることが沢山有って忙しい。眠気の残る頭を回し、俺は家事に取り掛かった。




【SIDE:葉山】

 目が覚めたら十時過ぎだった。

 信じられない。よく眠れても三、四時間なのに、今日は六時間程寝たことになる。
 この部屋の心地良さにまだ眠気はあるものの、いつもの妙に気怠い目覚めとは違いスッキリとした身体と頭。

 窓が開いてる。
 今日は凄く天気が良い。

「何だ起きたのか。飯、食うだろ?」

 台所から顔を出したのは、同じ大学の学生、名取。
 よく周りに集まってくる女の子達が、名取の事を“怖い”と言うが、大分誤解されていると思う。
 俺は自分がどれだけ名取を困らせているか、人として可笑しな行動を取っているか自覚がある。
 もしも自分が名取と同じ立場で他人から同じ事をされたら、はっきり言って受け入れられる自信は無い。

 でも名取は何も聞かずに、いつだって部屋に上げてくれる。
 俺を見て、少し怒って……そして心配そうな顔をする。
 名取の家に来るときは、いつだって俺自身余裕が無くて何も話せない。朝目覚めると恥を知り、お礼と謝罪しか言えぬまま逃げる様に部屋を出てしまう。
 それでも次に訪れればまた、名取は部屋へ入れてくれる。夜明け直前の、とんでもない時間に行ったとしても。

 テーブルの上には焼きたてのパン、小さな一人用のオムレツ、香ばしいブラックコーヒー。

「砂糖とミルクは?」
「……アリアリで」
「お子ちゃまが」

 ふっ、と名取が笑った。
 受け入れられてる、と、思わせてくれる。

「名取、俺……また来てもいい?」

 俺の問いに、名取はついに大笑いした。

「今更何言ってんの? つか、どうせ来るならお前もっと早く来いよ。変な時間に起こされると寝た気しねぇんだよ」

 俺の心臓はギュッと何者かに鷲掴みにされる。
 口に含んだオムレツはふわふわ。
 何もかもが温かくて柔らかい。

 無意識にジワリと目頭が熱くなった。



 名取…

 俺は……

 俺は………


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