×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
後編



「ハァ…」

 来ても良いとは言ったけど、これはどうなんだよ。
 週に三〜四日、葉山が泊りに来るのは今まで通り。でも、いつぞや朝飯を一緒に食ったあの日以降葉山は俺の背中にはくっ付いて眠る様になった。

『お前なに考えてんだよ、コタツで寝ろよ』と言うと葉山は『匂いが薄いから嫌だ』と言った。意味が分からない。
 だから俺がベッドを抜けようとすると今度は『お願いっ』とまたあの縋る様な目で見て来るから。

「ホント、何なのこいつは…」

 どうしても拒否出来ない。小さな子どもに縋られている様な妙な心地にさせられて、ズルズルと受け入れてしまっている。
 けど。
 こいつが頼れる相手が俺しか居ないのなら。
 俺で寂しさが癒されるなら。

「しゃーねぇじゃん……なぁ?」

 俺のTシャツを握りしめて眠る、子どもみたいな男の髪をくしゃりと混ぜた。





「ねぇマーくん。一年の羽田(ハタ)くんって知ってる?」

 今日のアオは、またクソ不味そうな真っ青なパンを食っている。

「誰それ。てかそのパン、何処で買ったわけ?」
「姉さんが買ってくれた。その羽田くんって子、下手なその辺の女の子より可愛いよ」
「はぁ? つっても男だろ?」

 ふふふ、とアオは可笑しそうに笑う。

「マーくんのそーゆーとこ、ホント好きだよ」
「はぁ?」

 意味が分からん、と俺はソーセージパンに食らいつく。

「今のご時世、そういう観念が薄らいでるみたいだよ? 羽田くん、男からモテてるみたい」

 そのセリフに俺は恐れおののいた。

「げぇっ、何、ホモが流行ってんの!?」
「うーん、正確にはバイ? 羽田くんくらい可愛いなら、男でもイケるよって話でしょ」

 信じらんねぇ! 可愛くたって男だぞ!?
 元からホモならともかく、そんな急に方向転換出来るもんか??

「げっ、まさかアオ。お前も羽田って奴のこと!?」
「まさか。俺はああいうのは範疇外」
「あそ。……えっ!? 範疇内があんの!?」

 アオはついに大声をあげて笑って、「俺、マーくんなら抱けるかも」と無駄にエロボイスを俺の耳に吹き込んだ。

「やぁーーめぇーーろぉーー!」

 俺のアッパーが見事アオの顎にクリーンヒット。
 冗談なのにぃ〜と痛がるアオを無視して、残りのソーセージパンを口の中に放り込んだ。



 ◇



 最近、変な噂を聞く様になった。
『羽田くんは葉山くんを狙っている』
 そんな下世話な噂だ。

 葉山は相変わらずウチに泊りに来るし、あまり変わった様子は見られない。変わった事と言えば以前より早めの時間に来ることくらいだろうか。
 前よりは会話もする様になったけど、未だに何故ウチに来るのか聞けずじまい。聞くのも今更な気がしている。

 そう言えば泊まった翌朝は飯を食ってから帰る様になった。その代わり、帰りに諭吉を一枚置いて帰る。
 朝食代にしては高すぎるし、別に金をとるつもりなんて無い。
 返そうと思ったがこれが中々頑固な奴で、ちっとも受け取ろうとしない。

 アオには『有難く貰っちゃえば?』と言われたが、何だかそんな気分にはなれない。

 結局そのまま貯まり続けて、今では結構な額になっていた。
 今日もまた置き去りにされた諭吉を封筒に入れる。
 いつかちゃんと返せる日が来るだろうか。
 その日が来るまでその封筒は引き出しの奥に仕舞われ続けるのだ。


 それから数日後。
 俺は大学でとんでもないものを見てしまう事になる。







「葉山くん達、凄い噂になってるね」

 アオが言う噂とは、例の羽田って奴と葉山が付き合っていると言うものだった。

「葉山くん、まだマーくんのウチに来るの?」
「あぁ、三日とあけずにな」

 今日も共に朝飯を食い、珍しく講義が同じ時間からだったので一緒に大学まで来た。

「あ、ほら。噂の二人だ」

 ちらほらとしか人気の無い裏庭。
 アオが指差す先には今話題の二人が向かい合って立っていた。

 葉山と、羽田。

 小柄な羽田が葉山の首に絡みついている。
 噂とアオの言う通り、羽田は確かに男にしては余りに可愛すぎた。
 校内ですれ違う野郎の中には、「葉山の奴羨まし過ぎる」なんて事を言ってる奴までいたくらいだ。

「キモ」

 思わずポロリとこぼれた言葉。

「なに、ジェラシー?」

 ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくるアオの顔が凄いむかつく。そのアオの顔の向こうで、葉山と羽田がキスをするのが見えた。
 人気が無いとは言えゼロではない。
 その後、大学内は凄まじい騒ぎとなった。




 深夜に響くノックの音。
 今日は絶対来ないと思っていたのに、ドアスコープを覗けばそこにはいつもと変わらず葉山は立っていた。一瞬、ドアを開けるか迷う。
 昼間見た光景が目に焼き付いつて取れず気分が悪い。半ばヤケクソでドアを開くと、開口一番嫌味が飛び出した。

「あれ、何で居るわけ? 今日は羽田の家にでも泊まるかと思ってたわ」

 俺のセリフにみるみる顔色を悪くした葉山は、部屋には入らずくるりと方向転換した。それを見て俺は自分でもやらかしたことに気付いたし、何でそんなことを言ってしまったんだろうと後悔したが口から出た後では遅すぎる。

 ――ガタガタンッ

 去って行く葉山を追おうか迷って玄関を右往左往していると、外の階段辺りですごい音がした。
 慌てて飛び出るとそこには倒れた葉山の姿が。

「葉山っ!!」

 夜中なのも忘れて思わず叫び駆け寄った。

「おいっ、大丈夫か!? どうした!?」
「き……ちわる……い」
「え!?」
「トイレ……貸して…うっ」
「まてまてまてっ!!」

 口元に手を当てた葉山を慌てて部屋の中に引き摺り込んで、何とかトイレに押し込む。

 その後の葉山は悲惨だった。




【SIDE:葉山】


「おい、もう平気か?」

 急に襲って来た吐き気。
 俺はトイレに着くなりゲーゲーと吐き、一時間近くトイレから出ることが出来なかった。

 名取の口から羽田くんの名前が出るとは思っていなかった。あの口ぶりからすると、今日起きた俺たちの騒ぎを知っているのだろう。
 そう思うと急に吐き気に襲われた。

 名取はさっきから胃腸薬やらなんやらを探して引き出しを漁りまくっいて、せっかくいつも小綺麗な部屋がぐちゃぐちゃだ。
 ベッドに座らされ、隣に座った名取が背中をさすってくれる。
 まだ気持ち悪いか? 気分はどうだ? とかけてくれる言葉が優しくて、俺はついに涙腺が崩壊した。

「ごめん…名取、ごめん」

 兎に角今までのこと全て謝りたかった。

「何がだよ、どうした」
「……眠れない」
「え?」
「眠れないんだ、何処にいても」

 実家は所謂金持ちだった。家は広いしお手伝いさんだって多少居て、何不自由なく生活させて貰ってた。けど、それだけ。

「……匂いがしないんだ」
「匂い?」
「家の中は誰も居ないし、音もしない。何の匂いもしない。怖いんだ…この世に一人ぼっちな気がして、怖くて眠れない」
「だからウチに来んの? ……え、俺ってクセぇの!?」

 慌てた名取がTシャツを掴んですんすんと匂いを嗅ぐ。それを見て俺は思わず笑ってしまった。

「臭くないよ。名取の匂いは凄く落ち着く……名取の匂いだけが安心して眠れる」
「何それ」

 変態ぽくね? と言われて、今度は二人で笑った。

 どんなに女の子と一緒に眠っても、柔らかさに包まれても、それが優しさを与えてくれることは無かった。
 人工的な匂いが鼻について心地悪い。
 結局眠る彼女たちを残して一人先に帰る日々。

「ひとりで夜明けを見るのが怖いんだ。光が強過ぎて…消されてしまいそうで。何度乗り越えようとしてみても眠れないし怖くて、結局名取の家に逃げてた」

 自分で分かってる、全て孤独から来るものなんだってことは。漠然とした恐怖からいつも必死で逃げて、辿り着いた場所がここだった。けど、だんだん不安になってきた。
 このまま頼り続ければいつか名取にも見放されるんじゃないか。そう思ったらまた怖くなった。そんな時に現れたのが羽田くんだった。

 好きだと言われた。
 側に居たいと言われた。

「でもダメだった、羽田くんじゃダメだったんだ」

 どんなに身体は寄り添って居ても、言葉が甘くても、何もかもが全然違う。

 違う。
 違う…?
 違うって、誰と…?

 羽田くんとのことは大学でも噂になっているのを知っている。そして大体のことが真実だった。けど、名取にだけは知られたくなかった。
 どんな噂を聞いたんだろう。もしかしたら何か見られた事もあるかもしれない。

「ごめん…ごめん名取…」

 結局名取を頼ってしまった。
 嫌われたくないのに、迷惑だと思われたくないのに。
 それでも名取じゃないとダメなんだ。


 俺の話を最後まで聞いた名取は、少し闇色の薄まってきた空を見つめていた。
 いつもなら逃げ出したくなる程怖い時間帯。
 必死で名取の部屋を目指して走ってる。

「お前の言うことは分からんでもねぇよ」

 名取が理解を示してくれたことに驚き過ぎて、これでもかって程目を見開く。

「あの光の強さは俺も怖くなる時が有る」

 でもやっぱり気持ち良くて、全ての始まりで、今日も一日頑張ろうって…そう思わせてくれる光なんだよ。
 そう言って名取は俺の頭を乱雑に撫でた。

「羽田とか他の誰かがどーこーってのは俺にはわかんねぇけど、俺が居ればお前が怯えなくて済むならさ……ここに来いよ」

 俺の為に荒らされた部屋の端でバサリと雪崩が起きる。その中に混じった茶色の封筒。表に『葉山の!』と乱雑に書かれたそれから僅かにはみ出た物は…。

 返されそうになったのを何度も拒否してきた。その内そのやり取りは無くなったから、てっきり受け取ってくれたのだと思っていたのに。最近では殆んど毎日泊まらせて貰って、ご飯まで作ってくれていた。

 お金を受け取った義務からかとも思っていた。なのに、名取…。
 収まりかけていた涙が再び溢れ出る。

「ほら、見てみろ。もうすぐ夜明けだ」

 空が闇を忘れていく。

「怖いか?」

 その問いに俺は首を横へ振る。
 今まで何がそんなに怖かったのだろう、そう思えるくらい。

 女の子とも違う。
 羽田くんとも違う。

 何と違う?
 誰と違う?



 名取の隣で見る朝焼けは、とても綺麗だった。



 ◇



「引越しは順調?」

 今日も青い変なアイスを食べているアオ。

「あと少しだな。お互い殆んど荷物が無いから」

 

 あの日、葉山は夜明けを克服した。…ように見えたのだが、実際そんな簡単な話では無かった。
 やはり自分の家に戻ると恐怖に襲われたようで、次の日も慌てて夜中に駆け込んできた。
 本当にいつも真夜中に、いや、殆んど朝方にやってくるので堪ったもんじゃなく、俺は遂に何度か迷っていた話を切り出した。

「お前さぁ、もう治るまで俺と一緒に住めば?」


 アオには「プロポーズだね」と茶化されたし、当事者の葉山は顔を赤らめていた。
 俺はそんなに可笑しな事を言っただろうかと悩んでいると、アオが笑って言った。

「だって、一生治らなかったら一生一緒にいるってことでしょ?」

 簡単にとんでもないことを言ってしまったと気付いた時には頭を抱えたが、葉山があんまり嬉しそうだったからそれもいつの間にかどうでも良くなった。
 俺の住んでいたアパートではどう考えても二人で住むのはキツイ。かと言って新しい部屋を探すほど金銭的に余裕はないと悩んでいると、葉山が例の封筒のお金を使ってマンションに引っ越そうと提案してきた。

 あの封筒の中身は葉山自身のものだ。葉山だけに出させることになるからと何度も拒否したが、やっぱりあいつは頑固で。
 それを使ってくれないなら、その封筒は永久に受け取らないと言い張った。それ以上はどれだけ話しても堂々巡りになったので、結果俺が折れることになったのだ。まぁ、有難い話ではあるしな。

 直ぐにでも一緒に住みたいからと、葉山は猛スピードでマンションを決めてきた。
 俺は普通に住めて大学へ通うのに不便でなければ何でも良いので、話は簡単に進んだ。

「引越しが落ち着いたら是非呼んでよ。三人で鍋しよう」
「分かった。っと、もう帰らねぇと」
「何かあるの?」

 荷物も多方片付いてきて少し余裕が出来たところで、ささやかながらもお祝いをすることにした。
 引越し祝い、初の同居祝い、そして互の再出発を祝って。
 いつもよりちょっと豪華なご飯を作って、奮発して買った高めのお酒を飲む。

「いいね、楽しそうだ」

 珍しくアオが茶化さなかった。

「有難うな、アオ。俺もきっと、大丈夫だ」
「もう俺もお役ごめんか。残念だな、もうマー君を揶揄えない」

 そう言いつつもアオは優しく微笑んでいた。

 幼い頃からアオに助けられてきた。“幼馴染”というたったそれだけの繋がりで、自分のことは二の次三の次で俺を守ってきてくれた。

 けど、それももう卒業。
 やっとアオを解放してやれる。
 そうじゃなきゃ困る。


 人は弱い。
 誰かに頼らなければ生きていけない。
 支え合う相手を常に変えながら、漂いながら生きていく。

 たった一人のその人に出会うまで。


「アオ、蓮斗をよろしくな」


 任せて、と笑ったアオに安心して、俺は同居人の待つ部屋へと走るのだった。




 俺たちの未来は希望に満ちてる。

 まるで、いつか見た夜明けのように。



END

↓↓☆おまけ☆↓↓


 同居を始めてからも、相変わらず葉山は俺のベッドで一緒に眠る。
 それに関してはまぁ分かっていた事だから驚きはしないし慣れている。慣れているのだが…。
 最近少々困ったことになり始めた。


「なぁ」
「……ん」
「お前さ……どこ触ってんの?」
「………」
「気のせい…じゃ、ないよな良い加減」

 ここ一週間ほど、毎晩身体を撫で回されるようになった。
 そしてその手は時々変な部分まで到達する。

「おいって」
「………」

 無言を貫こうとしているのか背後の葉山は一向に口を開かない。が、手は全然止まっていない。
 何なんだこの状況は。
 混乱する俺の耳にこの数秒後、葉山の口から聞き間違え様も無いほどハッキリとした声で『最近匂いだけじゃ足りない』と言う恐ろしいセリフを聞かされる。
 その上尻の辺りに固い何かを擦りつけられ、貞操の危機を逃れるのと引き換えに初めて俺は人を殴る羽目になった。

 しかし数日後、当時触れられずに済んでいた羽田くんに関する話題を入れ知恵された葉山に掘り返され、“羽田くんに嫉妬した”なんていう俺すら自覚してなかった事実を発覚させられることになる。
 その影には間違いなく誰かの存在が見え隠れしており、それはきっと青い髪の男に違いないと確信している。

 俺は奴のせいでついにその夜葉山の餌食となり、同居はいつの間にやら同棲へと変化を遂げたのだった。


「畜生…覚えてろよ、アオ」


END


補足→



戻る