A


ヤクザワがこの場所を選んだ事に、俺は少し違和感を覚える。……というか、なぜヤクザワがこの場所を知っているのか。そしてなぜここに連れてきたのか。それに答えるように、ヤクザワは禍々しい笑みを浮かべながら俺に言った。


「……じゃ、始めるか。……第二ラウンドの始まりだ」
「……貴様、……どういうつもりだ」
「は、淫売が場所を選びやがるか?……それとも興が乗らねえか、前の男との逢い引き場所じゃあ、……よ!」
「!」


そう言うと、ヤクザワは俺に蹴りかかってくる。それを受けつつ、俺は顔を上げ、――そして夜の闇の中、月明かりに照らされたヤクザワの顔を見た途端、いつか見たサトの横顔が瞬時にダブった。


――さあ、遊ぼうか、……澪汰。


「……、」


――サトの香水の匂いが鼻を掠めた気がして、俺は眉をしかめる。この場所に特別思い入れはないと思っていたが、意外にそうでもなかったらしい。……俺は少し苛ついている。……ヤクザワにとっては下らない事かもしれないが、あれはあれで俺にとっては大事な時間でもあった。何人もの男たちに囲まれなぶられる至福。夜を重ねるごとに増していく欲望を思う様ぶつける瞬間は、今でも甘美な記憶であり、――それを愚弄されるのは少し気分が悪い。苛立ちのまま、俺はヤクザワに向かい拳を突き立てる。それを受けたヤクザワは少し眉を上げ、俺の顔を見つめた後唇を歪め、――そして、


「……ふん、」
「っ、」


今まで比較にならないくらいの早く、重い蹴り。それをヤクザワは何の迷いもなく俺の腹に食い込ませる。


「……っ、」


広がる嘔吐感、と、それ以上の歓喜。……鈍い痛みが腹を駆け巡り、背骨から頭へ、そして、……


心へ。


「……はあ、……っ、」
「ふん、……簡単なもんだな」


体を駆け巡る痛みに酔っていると、ヤクザワはそれを瞬時に察したらしく、俺の体を塀に押し付ける。そして耳に囁いた。


「……名倉。……お前、この街でチンケな連中に体を使わせて、壊して遊んでたらしいな。……つまんねぇ野郎とつるんで」
「……、」
「……だが、誰と何度ヤっても逝けなかったんだろ?そんな因縁の場所で、よがり狂って逝きまくるのも一興じゃねぇか。それでテメェも諦めがつくだろ、……なあ!」
「!」


最後の言葉尻は俺ではない誰かに向けられたものらしく、ヤクザワは俺を羽交い締めにしながら背後に視線を向ける。そして同時に、一筋の光が走ったかと思うと、俺の頬すれすれにナイフが突き立てられた。


――シュ、……ダン!
「っ、」
「……やれやれ、俺と澪汰のテリトリーに誰かいるかと思えば。……いらないネズミが紛れこんでいるようだね」


似合わぬ苛立ちを含んだ澄んだ声。覚えのある香り。そして、夜闇にきらめく金の髪、……それは、紛れもなく。


「……サト?」
「……」


俺が呼び掛けても、サトは答えない。答えぬまま、サトはヤクザワを冷たい視線で見やり、そして唇を歪めながら言った。


「……澪汰。そいつと遊ぶのは構わないけど、度が過ぎるのはいただけないね。……大体、何でここにこいつがいる?……ここは俺とお前の、大事な聖域、だろ?」
「……、」


俺が口を開くより早く、ヤクザワはニヤリ、と口を歪めた。


「……聖域なんて気取るガラかよ、街のダニが。……こいつを有象無象にマワさせなきゃ満足させられなかった野郎がこいつの雄気取りか?……だが残念だったな、こいつは俺の雌だ。もうテメェは必要ねぇ」
「……」
「今日はそれを思い知らせてやろうと思ってな。……おい、名倉。お前の淫乱っぷりを見せてやれ。腰を振りまくって逝きまくる様を見りゃ、こいつも納得するだろうよ」


そう言うと、ヤクザワは俺に膝蹴りを食らわそうとする。が、それを止めるように、サトのナイフがヤクザワに飛んだ。


――ひゅん、
「――、」
「……なるほど。お前、澪汰の味を知ったのか」


サトのナイフを、ヤクザワは簡単に避ける。しかしそれは予期していたのか、サトは特に表情も変えずに言った。


「それを聞いて、俺が悔しがるとでも思ったかな?……残念だったね、俺は澪汰が澪汰であればそれでいい。誰と寝ようが構いはしない、……けど、」


そこまで言い、サトは綺麗に笑った。


「――お前は、末期なんだね?澪汰の、――極上の雌を知ってしまったから、それに関わるすべてが許せない。だから俺の影も、澪汰からすべて消したい。……もう、澪汰が手放すことができないから」
「……」
「滑稽だねぇ、……お前は澪汰を支配してるつもりだろうが、澪汰は別にお前である必要はない。支配されてるのはお前の方だ。……必要ないのは、果たしてどっちなんだか」


そう言うと、サトはクスクス、と笑う。それにヤクザワはニヤリ、と笑いながら答えた。


「……だから何だ。こいつにぶちこめなかった奴が何を言おうと負け犬の遠吠えでしかねぇ。……だが」


ゆらり、とヤクザワは俺から離れ、サトに向かった。


「……確かに、テメェは邪魔だ。ここで息の根を止めてやる」
「……できるかな、お前に」
「……は、」


ヤクザワは嘲笑を浮かべた後、サトに向かい、……そして視線だけ俺に向けた。


「そいつの加勢をしたきゃ、構わねぇぜ。……好きにしろ」
「……、」
「澪汰、手出しは無用だ、そこにいなよ。……こいつには身の程を知って貰わないとね」


サトはにこやかに俺にそう言う。二人の間には既に入り込む事を許さないような空気が流れていて、俺はただ沈黙するより他にない。


……懐かしい、夜の街の行き止まり。そこで、二人の男が対峙する。それを見守りながら、……最後に立っている男に、体の奥の奥まで届く痛みを与えられるだろう予感に、俺は知らず、深い笑みを浮かべた。


・END・

お題・名倉と薬澤がまちでデート?中にサト乱入の奪い合いロワイヤル



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