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×××


――そして、その二週間後。名倉澪汰は、新たな夜の町の区画に、足を踏み入れていた。



「……」



最後の一人を倒した後、名倉澪汰は大きくため息をつく。……この町に来てからもう、一ヶ月くらいになるか。最初は面白がって澪汰に絡んできていた夜のチーマーたちも、今では本気で澪汰を『狩りに』来ている。その事自体は喜ばしいが、まだまだ澪汰を満足させるだけの者はいない。未だ自分の体に燻る甘い痛みは、もっと刺激を欲しがり疼いている。そんな自分に、澪汰は少しため息をつく。



自分の体の一部となっている空手を辞め、敬愛する師範であり伯父たちと離れたのも、最も身近な存在である両親の心配を振りきり、こんな界隈に身をおいているのは、ただひたすら澪汰自身の欲望を、――殴られ、蹴られ、踏みにじられたいという倒錯した欲望を満たしたいからに他ならない。そのためなら人でなしにでもなってやる、……と誓った澪汰ではあったが、やはり親愛なる人々の気持ちを裏切る事に心痛まないわけでもない。――それに、



――空手モンの喧嘩は問答無用で逮捕だからな、澪汰。そういう意味で俺たちは凶器扱いっつーこった。お前はうちの道場じゃ敵なしだったし、若いうちはヤンチャしたくなる気持ちもわかる。俺も似た事をしてたから止めはしねぇ。……だが、上にはまだ上がいる。今とは比較にならないくらい大ケガをするかもしれないし、逆にお前が大ケガさせて捕まるかもしれねぇ。そうなったら、回りに泣く人間もいるって事は忘れるなよ。


何かを察し、そう言った大先生、――名倉廉の言葉は、澪汰には重く突き刺さる。……しかし、だからといって今のこの行為をやめる事は、澪汰には想像すらできない。



――誰か、俺を殴ってくれ。



強烈な一撃を受けるたび、その思いは心の底から沸き上がる。そしてそれはもはや、澪汰には止める事ができない衝動だ。自分が誰かに倒されるのが先か、それともこの町のチーマーたちを殲滅するのが先か、それしかない。……そんな自分を自嘲し、もう動く者もいないその場を離れようとした、――ちょうどその時。



―――パチパチ、
「………強いねー、おにーさん。俺、感激しちゃった」



突然背後からかけられた声に、澪汰は振り返る。するとそこには、今まで見た事のないような、洗練された美貌の男が立っていて、



――そうして、名倉澪汰はまた、もう一段階深い暴力の渦に、身を置くことになるのだった。



・END・

名倉家の話。

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