桜散る恋(不良×先生、失恋につきご注意)
気の早い桜の木は、季節外れの暖かさに騙されてちらほらと咲いている。だが明日の天気予報は暴風雨。春一番と言えば聞こえはいいが、無粋な嵐はせっかく咲き始めた花を、無理矢理散らせてしまうだろう。
……この俺の、恋心のように。
年度の境目、三月の終わり。俺は、二年抱えた片恋を諦めるため、この思い出の桜の木の下で、そいつが来るのを待っていた。
‐‐‐
俺とヤツが会ったのは、高校入学式の日、この桜の木の下だった。
もうその頃にはグレていた俺は、入学式もサボって桜の木の下に座り込み、のんびりタバコを吸っていた。すると、それを見ていたらしいヤツは、俺に声をかけてきた。
「こら、ダメだろ、タバコなんざ」
上を向くと、そこには若い男が、腰をかがめて俺を見下ろしていた。スーツを着てるトコからして、先公だとは察しがついた。みんな体育館にいるから大丈夫だと思っていたが、……こんなにすぐに見つかるとは。自分の運の悪さに俺が眉をしかめていると、ヤツは俺を叱りつけるでもなく、妙に爽やかな笑顔で俺からタバコを取り上げながら語りかけてきた。
「入学早々、謹慎になるぞ?こんな事してたら」
「……余計なお世話だよ。ガッコに行かなくてすむならちょうどいいぜ、誰かにチクるならチクりゃいいだろ」
俺がそう言うと、ヤツは爽やかに笑って言った。
「ハハ、今日は見逃すよ、せっかく晴れの日なんだし。でも、もうやめとけよ?タバコなんか、百害あって一利なしだ」
そう言いながら、ヤツは携帯吸い殻入れに俺の吸ってたタバコを入れる。中には何本か吸い殻が入っていて、俺はそれを見て鼻で笑った。
「は、喫煙者に言われたくねぇな」
「喫煙者、だからさ。今となっちゃ、やめたくてもやめられない。おかげで財布も寂しいもんだ」
そう言いながら、ヤツは俺に手を伸ばしてきた。
「入学式、まだやってるぞ。一緒に行こう」
「……あぁ?」
「入学式は、一生に一度しかないんだぞ?行かなきゃ損だし、……」
そう言った後、ヤツはちょっと笑いながら俺に耳打ちした。
「俺も実はさ、電車乗ってて腹痛起こしてな。それで遅刻したんだが、……さすがにちょっと入りづらくて」
「……だせぇ」
「ハハ、返す言葉もないな。……ともかく、一緒に行ってくれないか、俺を助けると思ってさ」
そう言いながら、ヤツはにこやかに俺に手をさしのべてきて。
普通ならそんな手、振り払うとこだったが、妙にニコニコ笑うヤツの笑顔を見ていたら、そうする気もおきなくて、俺はヤツの手を取って、共に入学式に遅れて行き。
……それから、二年。俺はヤツと、つかず離れずの付き合いをしてきた。
ヤツは大学出たての新米教師で、担当は地学。地層なんて見たって何が楽しいのか俺にはさっぱりわからなかったが、地学準備室で地層の説明を聞きながら、俺はヤツとタバコの代わりにコーヒーを飲みながら、適当に過ごしていた。
ヤツのいる準備室は居心地はよかった。俺のようなハンパなのにもヤツは分け隔てなかったし、何より余計な事を言わなかった。説教をするでもなく、明るく分け隔てないヤツに俺は段々心を許し始め、……ヤツの好きな地層じゃないが、色んな感情が降り積もり、層を穏やかに重ねていって、やがて俺は、ヤツに会うためだけに学校に行ってもいいかな、と思い始めていた。
……が、そんな穏やかな時間は、長く続かなかった。
年の明けた、一月。いつものように地学準備室にやってきた俺に、ヤツは、悲しそうに言ってきた。
「……不二、実はな。……俺、学校を辞めるんだ。3月末には、田舎に戻ることになった」
ヤツはいつものように笑みを浮かべていたが、元気はなかった。俺はびっくりして、ヤツに責めるように問い質した。
「は?……な、なんでだよ?」
「……父が、倒れてな。うちは農家でさ、俺は一人っ子だから、いつかは戻ってきてくれ、と言われてはいたんだ。だが、俺は教師になりたくて、……短い間でいいから、と頼み込んでいたんだ。……ずっと教師では、いられないと思ってた。……だが、こんなに早く終わるとは思ってなかったけどな」
ハハ、といつものように明るくヤツは笑う。しかしやはりそれに力はなく、俺はなんだか怒りがこみあげてきた。
「……なに、笑ってんだよ」
「……不二?」
「へらへら笑ってんじゃねぇよ、……帰りたくないんだろ!?じゃあ、帰らなきゃいいじゃねぇか!」
沸き上がる怒りと焦りに、俺はヤツに食ってかかる。正直、自分で言っててムチャクチャ言っているとは分かってる。が、言葉は口をついてしまう。そんな俺に、やっぱりいつものように、ヤツは笑いながら言った。
「……そうだな、俺も本当は帰りたくないな」
「だったら、」
「でも、仕方ないんだ」
そう言い、ヤツは俺の頭を撫でた。
「……お前とも、せっかく仲良くなれたのに、…残念だよ」
「……!」
その一言に、なんだか俺の頭のなにかがキレて、
「……え?」
俺は衝動のまま、ヤツを抱きすくめて、
―――キスをしていた。
「……!」
ヤツは突然の事に驚いたのか、目を見開いてされるがままになっていた。が、俺の方が、ヤツの唇に触れた途端、頭が冷静になった。
―――俺は、何をしている?
「……っ!」
俺はヤツを突き飛ばし、逃げた。後ろでヤツが俺の名を呼ぶのが聞こえたが、俺はただ走った。あの場に、一秒とていたくなく、俺はただただ、走る。
――走ったから、だけではない、妙に鼓動を刻む心臓の音を感じながら。
……それからというもの、俺は地学準備室に行くのは止めた。ヤツと会った桜の木のある裏庭にも行かなくなり、ヤツの担当教科はすべてサボった。ヤツからは何度かメールを貰ったし、廊下で会った時声をかけられたけれど無視をした。
……正直、ヤツに会ったら、自分がどうするか、わからなかった。
あれから自分の行動をよく考えて、……俺はヤツを好きなんだと、……年上だし、何よりも男だが、やっぱり俺はヤツを好きらしい、と気づいた時には、反射的に女と遊びまくった。男が好きになった、なんて思いたくもなかったからだ。
だが、3月が近づくにつれ、俺はヤツの顔が見れなくなることに焦燥を感じ始めていた。自分が無視していたくせに、姿を見せないと何で来ないんだ、と勝手に腹を立てたりした。
そして、悶々と日々を過ごすうち、三学期もあと二日となってしまい、……ようやっと、俺は決意した。
……ヤツに告って、この恋を終わらそうと。
相も変わらず、ヤツからはメールで俺を心配する言葉が綴られている。……だが、キスをされたことには一言も言及されていない。それに俺は理不尽にも怒りを感じている。
……なかったことになんて、させるか。
恐らくそれは、ヤツなりの優しさだったんだろう。だが俺は、それが不快で、そして寂しかった。だからヤツにメールを出した。最後に、あの桜の木の下で会えないか、と。ヤツはすぐ返事を寄越した。会おう、と。
―――そして俺はヤツを待っている。この恋を終わらせるため。
ヤツは俺に言わなかったが、俺は知ってる。ヤツのスマホの待ち受け画面は親が決めたヤツの婚約者で、…ヤツが帰省したのと同時に、その女と結婚する予定があるってことを。
……だから、俺がどんなに思っても、ヤツはもう手に入らないところに行ってしまうのだ。だから、俺は無理やり、この恋を終わらせる。ヤツに告って、無理やり襲いでもすれば、美しく咲いた花も、それで枯れてしまうだろう。
……桜は、散るからこそ、美しい。この仇花のような恋も、しかり。
そう思って木を見上げると、まだ咲いてもいないのに、俺の頬に桜の花弁がひとひら、舞う。
そして遠く、ヤツが走ってやってくるのをぼんやり見ながら、俺はなんとなく泣きたくなり、――一筋だけ、涙を溢した。
・END・
お題・爽やかな受け(攻めの指定はなし)
またの名を不良×先生。色々考えたんですがこんな感じになりました。
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[mokuji]
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