老いた魚は二度跳ねない
(いー)
「おい、ジジイ」

恐ろしく存在感のある超絶美形が、体躯の割りに小さな頭に爛々と輝く双眸を眇める。何処に出しても恥ずかしくない美しい小顔を覆うのは煌びやかな銀髪、深紅と漆黒の左右非対称な双眸は最早この世のものとは思えないほど美しかった。

「…貴様、この俺が誰か知って口利いてやがるんだろうにゃ」

然し彼の膝はカクカクガクガクとリズミカルとは到底言えない恐ろしい速度で震えており、残念ながらその偉そうな台詞は噛んでいるではないか。それを難しい顔で見詰めていた男前は組んでいた腕を解く。

「…てんで駄目だ。テメェ、日本に出た瞬間喰われたいのか、ああ?」
「它、它被吃?!(たっ、食べる?!)」
「狼狽えるな馬鹿野郎!それでもこの俺の血が流れてるのかゴルァ!」
「いたッ」

鏡餅を拳で叩き割った恐ろしい男の右ストレートを喰らい、吹き飛ばないだけでも上等だ。
だが、神に愛された美貌を持つ男のオッドアイは涙目で、今し方、重い拳で孫の頬を殴った男と言えば、オリエンタル柄で刺繍が施された艷やかな金生地のチャイナドレスにジーンズと言う、何とも言えない服装で炬燵に座り直す。

「糞が、ただでさえテメェはあのいけ好かねぇルーク瓜二つだっつーのに、中身はテメェの馬鹿父親に似ちまってんだ!判ってんのか馬鹿野郎!」
「…あい」
「男がめそめそすんな!返事はっ!」
「黙れ下等生物が」
「それで良い!」
「あい!」
「違ぁああああああう!!!!!!!!!!」

チャイナジーンズの重い拳骨が再び唸った。今度こそ吹き飛んだ美貌が部屋の隅で膝を抱え、ぐすぐすと鼻を鳴らす。

「はいはい、年越し大盛チャーシューメン出来たよ〜。あれぇ?まだ明けてないのにもうお餅割っちゃったの?」
「…ままめこ。糞情けねぇスーロンに食わせる拉麺はねぇ。俺に寄越せ」
「ちょっと、意地悪しないの泣いちゃうでしょ。可哀想に、また怒られちゃったの?」
「ぐす、ばあちゃん…」
「ぐずぐずすんじゃねぇ!表に出ろっ、この俺自らその情けない性根叩き直してくれる、ぐふ!」
「…枝、雑巾持ってきてくれる?」

大きな丼のアツアツラーメンを真顔で旦那にぶっ掛けた人は、重箱を運んできた下の息子に笑顔だ。
慣れたものなのか、未だに実家暮らしの独身貴族は素直に元来た道へ戻り、顔面に熱湯を浴びた男は顔に張り付いたチャーシューをガブリと一口、うまいと呟いた。
部屋の隅で目を見開いた美貌がガタガタ膝を震わせているが、どうやら彼は内面の感情が顔に出ないタチらしい。見た目だけは、傲慢不遜に見える。

「ほら、伸びちゃう前に食べな。…さて、ずちぇ。何がこの寒空に表に出ろだって?え?」
「マ、マーナオ、これはだな、愛の鞭だ。上海と香港しか知らねぇコイツが路頭に迷わねぇ様に俺はだな、」
「我明白了(判ってるよ)」
「ま、まめこ」

にっこり微笑んだ妻の背後、次男が無言のまま速やかに溢れたラーメンを片付けていくのを横目に、アジア最大組織の頭取である男はじりじりと尻這いで逃げた。

「…あれ、母さん?どうしたの?」
「瑪瑙母上、お招き有難うございます。ん?朱雀父上はどうなされたんですか?」
「マーナオ、スーロン、我が来たぞ。お年玉は明けるまで待ちなさい」

お土産らしき紙袋を手にやってきた長男夫婦と義父に振り向きもしない大河当代の嫁は怯える亭主と孫の前で麺棒を振り上げ、




「だからって、大晦日にまで喧嘩する奴は叩いて伸ばして麺の生地にするけど。」


今年の年越しは、全ての人間が怯えながら無言でチャーシュー麺を啜ったらしい。



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