その男、最強につき
「…ふぅん、随分舐めた真似・してくれるじゃねぇか」
唇を指で拭いながら、酷く愉快げな口調で。
「この俺様に」
苛立ちを、隠そうとも・せず。
「何様だ、テメー」
猫相手に。
「ラァ! そのチーズケーキは俺様のだっつってんだろ! お前はフルーツタルトの方! パイン喰え」
「にゃー」
放課後、通い慣れたスクールゾーンに子猫とダンボール。顔に似合わず可愛い物が好きで好きでたまらない俺は当然、保護。うちに連れて帰る訳には、でも可哀相、と迷う事5分。
『どーしたんスか?』
授業の後には甘いものを食おう委員会会長、正式には手の掛かる後輩に見つかり現在に至る。
「うまうま」
「んにゃん」
「あまあま」
「んにゃん」
奴はケーキ屋で仕入れたケーキ12個を抱えていて。朝、女子から山程貰っていた菓子はどうしたと聞けば、昼食後のデザートとしてとうに食べたと言う。
何と言う食欲か。
半ば感動しながら猫とケーキ食べ比べ中の男を見遣り、
「せぇんぱぁい」
「ん? 何だ」
唇の端にチョコレートを付けた男がケーキのカップをずいっと掲げてくる。
甘そうだ。
「チョコミントムースれす!」
「そうか」
「美味しいれす!」
「そうか」
幸せそうに5個目に手を伸ばす男に痙る笑みを浮かべ、猫に目を向ければ3個目のケーキに一心不乱。
「せぇんぱぁい」
「ん? 何だ」
「フルーツタルトにトマトが入ってます!」
「そうか」
「美味しいれす!」
緑茶片手に、眺めているだけで夕食が必要ない程の満腹感を覚えた俺は。事実腹が痛んで立ち上がる事が出来ず、
「うまうま」
「んにゃん」
「あまあま」
「んにゃん」
「せぇんぱぁい」
「ん? どうした」
「えへへ、レアチーズタルト食べます?」
悪いが自分は特に甘党と言う訳でもなく、どちらかと言えば塩辛い方が嬉しい日本人気質。
家族の誕生日以外にケーキを買った事もない。早い話が西洋菓子に興味はなく、胃がもたれるあの生クリームの味を思い出すと緑茶と煎餅が欲しくなるのだ。
「ちーっとも甘くなくて、美味しいれすよ」
なのに。
頬にクリーム付けた阿呆顔…ではなく、犯罪的に愛らしい顔がにへらと笑っている。
非常事態だ、折角今夜は焼肉にしようと思っていたのに。
このままではキャベツの千切りすら食えない。つまり、作れない。皆に飯とふりかけだけの食事をさせる訳には行かず、
なのに。
「…やっぱり、食べたくないれすか?」
しょんぼり言うその顔は常に犯罪レベルの愛らしさ。
男と言う哀れな生き物故に簡単に混乱し、正常判断が出来なくなるのだ。判っているのに策はない。
「みゃー」
ああ、遂には猫まで見上げてくる始末。
許してくれ、家族達。今日は握り飯と味噌汁がディナーだ。
「………甘」
「美味しいれすか?」
そう、首を傾げる男の唇に生クリームが付いていて。
ああ、犯罪的愛らしさ。
思わず口付けて、愛らしいものを貪る事に没頭した。
何が満腹だ。見事に俺は、
飢えた男。
PCサイトのものを改編。先輩後輩。
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