彼は優しい人だった。
優しすぎるほどに優しく、それゆえにときどき不器用で、空回りしていることもあって、でもそういうところが好きだった。
私のこともまた、優しく愛してくれた彼はいつしか海軍少将になった。厳しい軍の中でのし上がることは彼をきっと悩ませたと思うけれど、「これで君と安心して暮らしていけるだろう」と言ってくれて、涙が出るくらい嬉しかった。
「プロポーズの台詞を覚えてる?」
「……ああ。もちろんだ」
「結婚しよう。って、すごくシンプルだったわ」
「…いろいろ考えた積もりだったが、いざとなったらそれしか出てこなかったんだ」
「…だと思った」
ドレークはそういう人だと思う。
一番大事なことを、分かっている。
「ねえ、」
「なんだ、マリア」
「もう、行くんでしょ?」
ドレークが目を見開く。
そんな顔を見ると、ああもう少し引き留めていても良かったのだろうかと、なけなしの自制心が悲鳴をあげる。
「……、マリア、おれは」
「分かってるわ。私が嫌いになったわけじゃないし、私を棄てていくわけでもない、そうでしょう?」
「―――そうだ」
「でも貴方は旅立っていくのね」
「……マリア」
ぎゅっと、抱きしめられた腕は見慣れた白ではなく、光沢のある黒。
常にきちんとシャツを着こなしていた胸元は露わになり、押しつけられた耳元に力強い拍動を伝えてくる。
彼は、ああ、彼は変わった。
思い知る。優しさゆえに悩み苦しみつづけた彼は死んだ。
でも生まれ変わってなお、私を愛するがゆえにこうして別れを告げられない彼が愛しくてならない。
「ドレーク、行って」
「マリア……」
「さあ。仲間が待ってる」
腕に力を込めて彼の胸元を押し返し、目を合わせる。
今、泣きはしない。涙などあとから幾らでも湧いて出るだろうから。
「マリア、最後に一つだけ伝えたい」
「なあに? まさか愛してるなんて月並みなこと、今更言わないわよね」
「おれのことは、忘れていい……だが愛してる」
「……え?」
「愛している。マリア」
ドレークを見つめて、脳裏に鮮烈に浮かぶ光景があった。
昔―――そう、昔、彼が初めて私に愛を告げたときも、彼は同じ顔をして同じ言葉を紡いでくれた。
ドレークは変わった、はずなのに。
あの頃と違うのは私の涙の色だけだとでもいうのだろうか。
ドレークの顔がにじんでぼやけて、熱い頬を冷たい雫がつたう。
「マリア……」
「ドレーク、もう行って」
「―――だが、」
「行って、お願い……私、もう…耐えられないわよ」
明日目が醒めても貴方はどこにもいない。
愛してると言ったのに。そう叫んで彼を詰る女になど、させないで欲しかった。
「…………」
ドレークは、目尻の涙に唇を寄せてそっと拭って、私から、離れた。
遠くなる背中を海から引き剥がせるのならば私は何だってしただろうか? 答えは否だ、ただ一つ言いうるのは私もまた彼を愛しているということ。
たとえ夜流す涙が枯れ果ててしまおうとも、私はこのまま彼を見送り、そして帰りを待ちつづけるのだ。
彼が夢を叶えて戻るとき、破れた心は繕われて流れる涙はあたたかいものであるはずだと信じていよう。
好きになってしまった
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