冬は嫌いだ。
寒いから。
そう言ったら、彼はなんと言ったのだったか。
そう言ったのは、いったい何年前の冬だったろうか。
もうぼんやりしていてはっきり思い出せない。
かじかんだ指先をこすり合わせながら、マリアは暖炉に火を入れた。
冷たい部屋だ。一人でいると尚の事。
でも、今日は来客があるはずの日。そのひとが来るころには部屋があたたまっていて、きっと心だってあったまるはずだと、マリアは自分に言い聞かせる。
あのひととこんな関係になったのも、いつからだったやら。
「こんな関係」といっても、非合法なものではない。……はずだ。週末にやってくるあのひとと、コーヒーとお菓子でゆるやかな時を一緒にすごす。この間は夕ご飯も一緒だった。
自分に滅多に帰って来ない「恋人」がいたところで、別段法に触れるわけでもないのだ。あのひともそれを知っていて、共にいてくれる。
ふと、マリアは、すりあわせていた自分の手が止まっていたことに気がついた。
さっきからいい訳ばかり並べ立てていたからか。
ばかみたいだ。あんな男、忘れてしまえばいいのに、捨ててしまえばいいのに、そうしてあのひとと結婚して、しあわせな家庭をどこかの島のかわいいお家で育めばいいのに。
それができない。何年の前に出ていったっきり帰って来ない、あの男が刻みつけていった愛みたいなもの、それが与えていった痕が治らないから。治らなければいいと、マリアがどこかで願っているから。
傷が癒えるとき、それは彼をわすれてしまうときだ。
暖炉の火が大きくなり、ぬくもりが室内を少しずつ埋めていく。
あの優しいひとがくる前に、熱いコーヒーでも淹れておこう。マリアが肩をほぐして動き出そうとした瞬間、なんの前触れも無くドアがバタンと開いて、冬の寒風が吹き込んだ。
「……な、ん」
「久しいな」
言葉が出なかった。驚いたのはもちろん、言いたいこと、言ってやりたいこと―――たとえば罵詈雑言の類いだ、愛の言葉なんかじゃないーーーが、胸の中でふくれあがって喉の奥に詰まってしまったかのように。
だがそれだけではなかった。
彼が怒っていたから。
振り向いて一目見て、それくらい分かってしまう自分に、惨めさと優越感の紛い物のような感情がわき上がった。
「おれではない男と寝たのか」
「……はっ、ひっさしぶりに来といて早々、そんな話? あなたには、もう、」
関係ないでしょ。と。
ああ、これを言ったらきっと私たちはおしまいだ。そう感じて、マリアが最後の一言を言葉にできずに目をそらしたとき、猛烈な力で引き寄せられた。
「…痛っ……!」
「何故だ? マリア」
「なんでって…ばっかじゃないの!? ほっといたのはあなたでしょ…私のことなんかどうだってよかったくせに」
「おれの問いに答えろ」
「なんで他の男と寝たかですって!? あなたがいないからよ!!」
「………」
「何年もいやしない男なんて、いい加減忘れたかったの! みっともない女で悪かったわね!」
どうせ私は、三つ指そろえて永遠に愛しい男を待ち続けていられるようなしおらしい女じゃないのだ。
かといって、こいつを頭の中で差し置いてあのひとと寝れるほど器用な女でもなかった。
宙ぶらりんな女なのだ。――――みっともないこと、この上ないと、自分でもよくわかっている。
ひとしきり怒鳴ってみたところで、マリアは手首を握りしめている彼の手が、ひどく冷たいことに気がついた。
我に返ってみれば、真冬だというのにいつも通りのあの格好。この男、アホなんじゃないだろうか。
「……なんでそんな格好なの。このクソ寒いのに。バカなの?」
「お前はいつもそれを訊く」
「…そうだったかしら。でも前に訊いたのなんて、大昔すぎて忘れちゃったけど」
「お前は冬が嫌いだと言ったな」
「……そーゆーことだけはよく覚えてるのね」
「おれも冬は好かん」
言葉のキャッチボールとやらが成立していない気がしないでもないが、この男とはいつもそんなものだったと、マリアは忘れようとしては失敗してきたかつての感覚が、待ち構えていたように呼び覚まされるのを感じていた。
だが冬が嫌いだったなんて初耳のような気がする。
「……そうだったの?」
「この数年で自覚したことだ」
ならば初耳でも当たり前か、とマリアが自己完結しようとしたとき、むき出しの胸板にぐっと頬がくっついた。
冷たい。けれども内側には、熱い生命の脈動を感じる。あまりにも懐かしい体温。
「…なら、さっさと、帰ってくればいいのに」
「だから帰ってきた」
「ホントにバカなんじゃないの……」
冬なんか嫌いでも、別にいい。むしろ嫌いなままでいればいい。
こうして貴方がそばにいて、他のことなどどうでもよくしてくれるのならば。
冬は嫌いだ。
お前が恋しくて死にたくなる。
title by 確かに恋だった
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