からん、と氷がグラスに当たる涼やかな音がした。
ミホークが新聞から顔を上げると、ちょうどマリアがグラスとボトルを盆に載せて、持ってくるところだった。
載っているグラスは二人分だ。
「珍しいな」
「ええ、まぁ。たまにはね」
マリアはあまり酒が強くない。マリアに言わせれば、ミホークのほうが人外魔境らしいが。いずれにせよ、彼女が度数の強い酒をミホークと同じ濃さで飲むことはあまりないのだ。
「無理に付き合わずともいいものを」
「…いいの。たまにだもの」
だいたいミホークの強さがおかしいのだと言って、マリアはグラスに琥珀色を注ぐ。
細い指先に、胸が疼く気がした。
「ミホークこそ、あまり飲まないほうがいいんじゃなくて?」
「何故」
「…だって、明日は早いでしょう」
「気にするな。酒無しで眠れというほうが困難だ」
そういって、遠慮なくグラスをあけるミホーク。マリアは呆れたように嘆息して、またグラスを琥珀色で満たした。
飲むというよりは舐めるように、そっと酒に口をつけるマリアを見ていると、やはり無理をしているのは明らかで、ミホークは新聞を置いて彼女のグラスを奪い取る。
「なにするの、返して」
「無理に飲むな。不味いだろうが」
「無理なんてしてないわ、だから返し……あっ」
その手が届く前にさっさと飲み干してしまえば、むっと睨みつけられる。
「…新しいのを作るわ」
マリアが素直でないのは今に始まったことではないが、立ち上がろうとするところを抱き寄せて膝に乗せた。
「…離してよ」
「断る」
前もこんなやりとりをしたような気がする。言葉にせずとも離してやる積もりはないと、ミホークが腕に力を込めれば、盛大なため息が聞こえた。
「何をそんなに焦る」
「焦ってなんか…」
「これが最後の晩酌だとでも思っているのか?」
「………」
は、とため息にしては苦しそうに息を吐き出して、マリアはミホークの肩に顔をうずめてしまった。
流れ落ちる黒髪の隙間に見え隠れしている、細く白い首筋にミホークも顔を埋めれば、身をよじって逃げ出そうとする。当然ながら成功するわけもない―――マリアが目を合わせたがらない時は、泣いているか、隠し事があるかのいずれかだ。
「マリア」
「…………」
「おれを見ろ」
「ねぇ、ちゃんと帰ってきてね?」
唐突な問いかけ。相変わらず顔を伏せたままだが、マリアが何を考えているかくらい明白で。だいたい予想はしていた、明日は七武海の強制召集がかかっている。相手は白ひげ。相手にとって不足はない。
マリアもまた幾つも戦いをくぐり抜けてきたから、だからこその不安なのだろうか。
「ミホーク、少し楽しそうだから」
「そうか」
マリアが泳がせていた腕をミホークの背中に回した。ふぅ、と先ほどよりは穏やかになった吐息が聞こえた。
「ごめんなさい。少し甘えたくなったわ」
「素直で良い、いつもこうならば寝台でも楽しめ「一言多いわ、それに今夜は無しよ」
とんでもない宣言に、思わずミホークの腕の力が緩むと、マリアはするりと抜け出して、明日は早いんだからと言い放つ。
「寝坊したらどうする積もり?」
「そんなことはどうでもいい」
「良くないわよ! 心配する私ばっかり損じゃないの」
腕を組んで怒ってみせるマリアだが、目じりがほんのり赤らんでいて迫力は皆無。
「そんな顔で煽るな」
「煽ってない! だいたい何をよ!」
「言わなければ分からないか?」
ぐっと一瞬言葉に詰まった隙をついて、腰を掴み肩に抱えあげた。下ろして! とじたばたしていても、諦めがついたのかその内大人しくなった。
「結局、いつも通り…」
「諦めろ。この先も大して変わらん」
「!………嬉しいのか悲しいのか、微妙なところね」
決戦前夜
まだ日が登りきらない頃、ミホークは身支度を整えていた。
マリアは眠っている。起こさないよう出てきたのだ。
「………」
静かな家。
黒刀を背負い、ミホークが扉を開けたときだった。
「ミホーク、」
「…起きたのか」
「見送りたかったから。気をつけてね」
巻きつけたシーツの隙間から手を伸ばして、マリアがミホークの上着の襟を正す。
ミホークが少し身をかがめると、マリアも応えるように目を閉じる。触れるだけの接吻をして、お互い身を離す。
「行ってらっしゃい」
「ああ」
いつもと変わらない儀式。
マリアは、ミホークの背中が見えなくなるまで立っていた。
- 6 -
[
*前
] | [
次#
]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -