金色の太陽






ずうっと、曇り続きなのです。

 あの一件依頼彼らが気落ちしているのは、
誰がどう見たって明らかなのです。

 それは例えば切れかけたお茶を要求しようとして、
目線の先にポットを携えた秘書さんがいない時ですとか。
飲みにいこうと声を上げて、一番に誘いつけようと見渡した顔の中に、
目当ての帽子やおハナが見当たらなかった時ですとか。
飲み屋へ向かおうと足を向けかけた先に、
もう灯りが点っていないのだと気がついた時なんかに。
彼らは苛立ったような、淋しげなような、そんな表情を一瞬だけするのです。
いやまあ私といたしましてはそんな憂いを帯びた表情もご馳走様と申しますか、
十分においしいのですけれど!
やっぱりほら、好きな人には笑っていて欲しいなあとか。
そう思ったりするわけですよ。なんて。

「パウリーパウリーパウリーィ!」
「あんだよさっきからやかま、お、おまっ! なんて格好してやがん」
「はーいはーい! 上着着ました! 肩見えなくなりました!
 あっついばか!」
「しるか」
「でね、パウリー。アイスバーグさんが喜ぶことをしたいのですよ」
「はぁ?」
「だってねー、元気が無いじゃないですか。だからホラ、ぱーっと!」

思い当たるふしがあったのでしょう。
パウリーは黙りこむと、自分の目線よりちょっと上のあたりを睨みながらざらりとヒゲを撫でました。
考え事をする時の彼の癖ですが、私はこの仕草も大好きです。

「……ま、それ事態はいいんじゃねぇかとは思うが。具体的に何をすんだ?」
「船を作ろう!」
「あの人にか?」
「……と、思ったのですがそう言って皆さんに反対されたのでぇー」
「まぁできりゃあ喜ぶだろうけどな」
「ストレートにパーティーをしましょう!」
「……題目は?」
「生きてて良かったねパーティー!」
「せめて生還おめでとうパーティーとかにしろよ」
「そんなに変わってる気がしないんですが」
「語感がちげーだろ」
「そうですかぁ? あ、じゃあいっそひっくるめてアクア・ラグナ生還記念パーティーで!」
「街全体巻き込むのか。まぁそっちの方が名目は立ちそうだな。あちこち声かけてみっか」
「〜水の都よ永遠に〜」
「副題のつもりなら全力で却下だ」
「〜ガレーラよ永遠に〜」
「なんか逆に潰れたみたいだろそれ」
「言われてみればフラグですね! じゃあそのまんまいきましょう!」
「お前と話してるとなんかいろいろ噛み合ってねえ気がする……」
「じゃあ噛みますか?」
「あ?」
「舌とか」
「っ、ハハハハレンチなこと言ってんじゃねえ!」
「ひたとかかみまうか?」
「そっちかよ!」
「ハレンチ!」
「うるせえ!!」

顔を真っ赤にして怒鳴りながら、パウリーはどっかに行ってしまいました。
なんともいじり甲斐のあるひとです。ああ可愛らしい!

 ご機嫌な私はせっせとお仕事に手を戻すふりをして内職も進めてゆきます。
実際に造る船のモデルをご説明するお手伝いとか、
ちいちゃい嬢ちゃん坊ちゃん向けに模型なんぞをつくるのが普段の私の仕事なのですが
今回のはちょっと専門外なもんで、いろいろ勝手が違うのです。
「アイスバーグさんのため」という魔法の言葉はたいそう威力がございまして。
いろんな人への声掛けはみんなパウリーがやってくれました。
お金の工面ははっきり言って不安なのでちょいちょい私が管理していましたが、
そのうち我が社の有能な会計監査の方々がこっそりないしょで手を貸してくれました。
私たちのアイスバーグさんったらとっても愛され社長なのです。
もちろん街の人達だってひそひそぽしょぽしょ、パーティーの内容を広めてくれています。
びっくりパーティー主催者のパウリーに手を貸してやろうか?
なんて名乗り出てくれるコックさんやイベント屋さんもいるくらいで。
実質の進行役を担う私としてはたいへんやりやすいのです。
パウリーが再三横断幕について確認をしてきたので、
趣味で書道をやってウン年、町の匠の巌じいちゃんに頼んだ横断幕を
これでもかー! と見せ付けてやりました。
こういうときの私に抜かりはないのですよ!
いっぺんだけアイスバーグさんに内職を見つかってしまいましたが、
ちょっと言葉に詰まった様子でしばらくそれを見つめたあとに
笑ってそっと見逃してくださいました。
さすがは私たちのアイスバーグさん。器の大きさがパウリーごときとはダンチです。

さて、待ちに待ったパーティー当日がやって参りました!
パウリーは朝からご機嫌であちこちを飛び回っています。
大好きな人のために何かができるということは幸せなことです。
私たちは何度も打ち合わせを交わし、「喜んでくれるといいな」
「ああ、この出来ならきっとアイスバーグさんも喜ぶさ」
というやり取りをしながらアイスバーグさんの到着を待ちました。
インタビューを装って水水新聞社の記者が連れてきた広場の中央、
わあっと上がる歓声と一緒にくすだまが割れて、
色とりどりの光の束が滝みたいにどおっと流れ落ちます。

「アイスバーグ市長、ご生還おめでとうございまーす!!」

市民の大合唱に、「ンマー、おれか!?」なんて、
驚いて目をまん丸くするアイスバーグさん。
次々に贈られる音楽、パーティーらしく豪勢なお食事と、
たくさんのプレゼント(むろん、全部を検品済みですよ!)
私から差し出した海列車の模型に、アイスバーグさんは子供のように大はしゃぎしてくれました。
「スゲェな! トムさんか! こっちはココロさんだな」
「ヨコヅナと弟分さんもいるのですよー」
ちょこんとついた人形は、まあ特徴だけは捉えられていると思うのですが。
なにぶん専門じゃないので不恰好なのはご愛嬌なのです。
「こんなに嬉しい贈り物はない! ありがとうな」
「どういたしまして!」

とりあえず腕試しはそこそこの成果のようです。
ひとまずほっと胸を撫で下ろしていると、すでにお酒の入っているらしい、
ニコニコ笑顔のパウリーががっきと私と肩を組みました。
「おいおい、やったな! 良かったじゃねえかアイスバーグさん喜んでくれて!
 ありゃあおれが見たって良い出来だもんな! 大したもんだ」
「ふふーん? まあ本番はこれからなわけですが」
「へっ?」

ちらっと私が目配せをすると、心得た笑みのアイスバーグさんがマイクを入れた。
「ンマー、お集まりの皆さんは御存知の通り、
 今日はウチの新しい副社長の誕生日だ。内輪の話ですまねェが、良けりゃあついでに祝ってやってくれ」

ぱかーんと勢い良く割れるもうひとつのくす玉。
もう一枚、運ばれてきた横断幕には「パウリーお誕生日おめでとう!」の文字が踊る。
状況を飲み込めないパウリーはぽかんとした表情のまま、ばしばし大人数から肩を叩かれている。
巻き添えはごめんなので組まれた肩から抜けだして、アイスバーグさんのお隣へえすけーぷ。
れっつサプライズおーいえー! の声掛けにこんなに人が集まる程度には、
私たちのパウリーも愛され副社長なのです。

「今日……?」
「7月8日ですよー」
「7月8日だな」

お互いの言葉に頷き交わす私とアイスバーグさんへ
あんぐりと口を開けたパウリーが驚きの眼差しを向けてきました。
ほんとに忘れてたんだねえ!

「はいパウリー! おめでとう!」

差し出す模型はみんなで作った思い出の船。
もちろんその時の制作メンバーだって一緒ですよ。
なにぶん専門じゃないので、不恰好なのはご愛嬌なのですが。
特徴だけはあるひとたちだから、誰が誰かはわかると思うのです。
お前、とだけ言って言葉を詰まらせたパウリーは、
しばらくじっと食い入るようにそれを見つめます。
一瞬だけ怖くなりましたが、ぐっと唇を噛んで顔を上げたパウリーの眼は。
ちょっと、ほんのちょっとだけ、潤んでいるみたいでした。
そうしてごしごしと顔を洗うみたく目元をごまかしたパウリーは
祈るように彼を見つめるわたしを向いて、すてきに笑ってくれたのです。

ああ、やっと晴れましたね!


その笑顔は誰にだって、


ぴかぴかに輝く
金色の太陽






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あこがれのPPPさんに参加させていただきました。
まずころ汰さんへ、〆切破り申し訳ない……!
できればナワの日までに提出したかったのです。残念。
素敵な企画に参加させていただき、どうもありがとうございました!




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