気に入られる黒猫



 三水の手にある始め四角かった氷が包丁で削ることによって少しずつ綺麗な丸みを帯びていく様は俺にとって不思議でならなかった。丸くなった氷はタンブラーグラスにすっぽりと気持ちいいぐらいに収まる。
 まじまじとそれを眺めていると目の前に置いていた空のグラスに手が伸びてきて、

「三水、手…」
「…別に慣れたからどうもしない、これ洗うぞ」
「ああうん、」

 グラスを掴む三水の手は長時間氷を触り続けていたせいで真っ赤だった、それがあまりにも痛々しくて指先で触れれば案の定つんとした冷たさが伝わる。三水は眉間に皺を寄せ俺を睨んできたが無視。

「なに?」
「…ううん、なんにもない」

 そう言いながらも俺は三水の手をグラスから離させ両手で包み込み口許まで引き寄せると二、三発刺のある言葉が降ってきたが手を引っ込めようとはしてないから耐える。
 正直言えば三水の言葉は一々精神的にくるから苦手だと思う、けど普通に優しいし嫌いじゃない。
 包み込んだ冷たい三水の手に出来るだけ長く息を吐き掛けた。じんわりと熱を持ち始める三水の手を軽く親指で撫でると気持ちがいいぐらいに滑らかで何度も繰り返した。
 ちらりと三水を見ればあまりにも優しい目と視線が合わさり、きゅっと口を噤む。

「ありがとう」

 三水がにこりと微笑んでくれた事が信じられないぐらいに嬉しくて、こちらも自然と頬が緩み気恥ずかしさに三水から視線を反らした瞬間、力強く握られた包丁が視界に入り一気に脂汗が滲み出す。

「下っぱのセクハラに堪えきれずに刺してしまったと言えば皆納得してくれるよな、これでお前とも顔合わせずに済むよありがとう」
「すみませんでした。」

 カウンターから距離を置こうと直ぐ様三水の手から両手を離すが、その手が俺の胸倉を掴んできて逆に距離が縮んでしまった。僅かに椅子から尻が浮く、今なら幽体離脱が出来そうな気がする、そう廻らない頭で考えていると扉が開くのが見えた。

「随分と仲ええやないか二人とも、えぇ?」

 俺と三水を見て大袈裟に笑いながら店内に入ってきたのは中年の男。
 ぽかんとその人物を眺めていると胸倉を掴んでいた三水はいつの間にか姿勢を正し深く頭を下げている。

「お待ちしておりました、大将。」
「…あんたが大将…っ!!」

 三水に思い切り頭を叩かれた、じんじんと痛む部分を撫でながら三水を見れば有無を言わせないほどに睨まれ渋々同じ様に頭を下げる。それに対してまた豪快に笑う男。

「なかなかええコンビやないか、せやけどあんまし叩いてやんなや三水。大事な弟やろが」
「…なるべく叩かないようにします、黒田、席をお譲りしろ」

 俺は指示通りにカウンター内へ戻るため席から離れようとするが男に腕を捕まれたことによって阻止された。
 ぎりりと腕に男の指が食い込み歯を食いしばって耐えると同時に男を強く睨み付ける。男の楽しそうな視線がムカついてこちらも負けじと腕を掴む手を掴んでやれば、尚更楽しそうにする男。

「おお、おもろいなお前。新入りのくせして頭に噛み付くか?」
「大将…!!」
「黙っとれ三水」

 三水が男の呼び名を制止の意味で発するが、跳ね返ってきた言葉は低く重く三水は息を飲んだ。

「源から教わらなんだか?上下関係は大切やで猫ちゃん」
「気を付けます、大将」

 口ではそう言うが現に今俺は腕を掴んでいる男の手に爪を食い込ませている、ぶちりと小さい音がなればそこからじわりと血が滲み出てきた。

「……」
「……」

 そのまま両方の沈黙が続きタンブラーグラスの中の丸い氷がからんと自棄に耳に響く音を出す。
 その時、男がふるふると震えだしたと思えば大声で笑うから三水も俺も肩をびくつかせた。男は俺から手を離して次は両手でわしゃわしゃと俺の頭を撫で回してくる、その間も大層楽しそうに笑いながら。
 男は一通り撫で回した後、俺の前髪を掻き上げてきた。鮮明になった視界一杯に男の顔が映り込み若干引きそうになるが、頭を鷲掴みされている為身動きが取れない。

「CHU-RINの言った通りの胆の据わり様、なかなか居らんでこんな阿呆。」
「…っアホ…」

 馬鹿ならまだ言われ慣れているが流石に阿呆は少なからず傷付く。




「黒田翼気に入ったで。わしは龍崎憲一郎や、よろしゅ頼むで?」






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