夢みる黒猫






『…家出したの?少年』
『…………』
『そのままじゃ、風邪ひくね?』

 土砂降りの雨の夜、そいつは俺に話し掛けてきた。
 京都の中心部だからか高いビルが多く建ち並んでおり、その根本に俺は雨に打たれながら蹲っていた。昼間は何ともないビルも、辺りが暗ければ異様な存在感を示す。自分は何れ程ちっぽけな存在なんだろうとか訳の判らないこと考えそうにもなる。
 俺の目の前の男から、僅に漂う甘ったるい匂い。暗闇で男の細かい印象までは把握できなかったが、何とも個性的と言うか、不思議な雰囲気が彼は纏っていた。風邪をひくと言っていたその張本人も、人の事は言えないと思うほどびしょ濡れだ。
 目の前の男は口元だけで笑うと、俺の手を取り立ち上がらせ、水を含み額に張り付いた俺の髪を優しく撫で上げる。そのお陰で視界が鮮明になった。

『綺麗な瞳…まるで月みたいだ…』

 普通の人間が言えば馬鹿馬鹿しく聴こえるかもしれない言葉。
 だけど彼は、心底愛しそうに目を細め、陶酔した表情で言うものだから。自然と恥ずかしくなり、視線を下に移す。

『…君、名前は?』

 そのまま視線を彷徨わせていると、不意に問われた名前。俺は彼の目を見詰た。


『俺は……』


―俺の名前は、    。







懐かしい夢をみた。












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