身から出た錆



 夜中の2時を回った頃。
 四条を下りた所に25階建ぐらいのビルがあって、そこの地下に行くと割りとでかいバーがある。
 名前は「Eighty-Six」。なんともふざけた名前だが、らいしっちゃらしい。なんせこのバーのオーナーはCHU-RINやからな。
 俺が此処に来た理由は、古い友人である龍崎憲一郎に愚痴を聞いてもらうためや。コイツは俺の自慢の友人やったりする。
 扉を開けて入ると、バー独特の薄暗い空間に淡くライトアップされた店内。カウンターに座る憲一郎の後ろ姿を見て、来るのが早いなと思う。隣の席に尻を着かせ、憲一郎に声をかけた。

「おう、やっと来たんかい源」
「やっとって憲、お前どんだけ早ぅ此処に座っとんねん」

 俺が発した言葉に、バーテンダーである酉が酒を用意しながら「30分ぐらい前なんじゃないですか?」と答えた。

「早すぎやろ」
「用があってなあ、それが終わった時にちょォど目と鼻の先に居ったんや、そんで?」

 言葉を促され視線だけ憲一郎に向ける。

「黒猫はどないしとん?」
「…げっ…!!!」

 まさか知ってたんか?一言も話てへんはずやで、そこまで考えてある人物が脳裏に浮かんでくる。
 コトリと、目前に置かれたグラス。そこから離れていく手を目で追っていくと、酉が申し訳なさそうに眉を下げ笑んでいた。
 溜め息を一つ吐き、元気にしとるとだけ伝え、グラスを傾ける。

「わははは!!源、猫を拾うんはこれで三匹目やァなあ!!愚痴の内容はその黒猫がメインなんとちゃうか?ん?」
「あー、確かにソイツん事もあるんやけど」
「…けどなんや?」

 俺が言おうとしていることを察したのか、酉とガッチリ目が合ぅた瞬間直ぐに逸らさた。仕事をするフリして俺に背を向ける。

「…酉」

 華奢な背中がビクリと震えたのは気のせいやろか。

「お前んとこの主人はどないなっとんねん」
「お、叔父貴、それを僕に言ってもらっても困りますよ。僕にどうこうできる人だったら、とっくの昔にやってます」

 ああ、ごもっともな答えや。俺と同時に酉も深い溜め息を吐いた。その光景を見た憲一郎はゲラゲラと笑う。

「CHU-RINは相も変わらずか、連絡ぐらいなら取っとるけど、なかなか地中這っとる奴には会えんからなあ…よっしゃ一丁CHU-RINの愚痴を聞かせてくれや源、アイツが元気しとるかどうかも踏まえてな」 さてどこから愚痴ってやろうか。

「3ヶ月ぐらい前に、初めて翼にCHU-RINと会わせたんや」
「ほぉ、そんでどないした」

 CHU-RINはあん時何を思ったんか、翼に食わせてたチュッパチャップスを引っこ抜いて溶け残りのヤツを舐めとったなあ…。

「…ほ、ほぉ。そりゃなんとも…」
「リアクションに困るやろ、変な空気の中で俺ァ大変やった。CHU-RINはそらもう愉しそうに翼の反応見とったわ」

 それからCHU-RINがセクハラ紛いな事を仕出かすたんびに翼を宥めてたなあ…。遠い目で過ぎ去った強烈な過去を語っていくに連れて重くなる空気を俺は気付かなかった。

「ああ後なぁ憲……憲?」
「……源、それ以上CHU-RINの黒猫に対するセクハラ話はやめとけェ」

 視線を下に向けながら酒をちびちびと飲む憲一郎を不思議に思いながら、不意に目前の酉に目をやって固まる。

「…………」

 さてどうしたもんやろか。俺はなんも悪くない筈やのに、今の光景を言い表そうものならば"蛇に睨まれた蛙"がいっちゃん当てはまるに違いないわ。
 酉の無表情が怖い。後酉からの視線が痛い。憲、少しずつ少しずつ俺から離れてくれんなよ。

「よ、よぉ酉。顔に表情ないぞ、腹壊した…訳ないわなあ」

 引き吊った笑顔でそう問うと、無だった表情が華開いたように笑みを作った。が、彼の背景は血飛沫が見える。

「すみません叔父貴、なんだか腸が煮え繰り返る感じがしてならないんですよ」

 その答えを聞いて、心の中でCHU-RINに酉の前で愚痴った事に詫びを入れた。これから愚痴を吐くときは場所弁えようと固く誓うわ。
 せやけど何故かスッキリしとる俺がおるんは気のせいやないやろなあ。






 その日の明朝、憲一郎と別れて丁度家に帰りついた時に着信音が部屋に響く。携帯の画面を見るとCHU-RINの名前があり、内心向こうは修羅場やったりしてと少し笑い電話に出る。

「あーなんや、こんな夜中…」
『ちょ、源ちゃん!!酉ちゃんに何か吹き込んだ?!わ?!酉ちゃ、それ…危ねッ!!』

 修羅場やったりしてやのぉて、実際修羅場やった。CHU-RINの声と共にドタバタと煩い音が聞こえよる。

「日頃の行いが悪かったんやろ、良い機会や灸添えてもらえ」
『源ちゃん今日黒いよ!!うわっちょちょちょちょ酉ちゃん無理無理無理無… ブツリと携帯の電源ごと切ってやった。





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