動くのは怖い
温かいご飯を食べて、熱々の風呂に入って、清潔な衣類に着替えて。
今、双子は仲良く並んでテレビに見入っていた。
時刻は23時を回ったところ。
二人くらいの年齢なら、そろそろ眠くなるはずだ。
明日も朝早いので、今夜はしっかり休息を取らねばキツいだろう。
「想謳、想奈」
名前を呼ぶと、二人同時にイタチを振り向く。
着ている物が同じだったら、どっちがどっちかわからないだろう。
「今日はもう寝よう」
一言声をかけると、想奈がテレビを消して右端の布団に座った。
想謳も真ん中の布団に座る。
部屋の電気を消して、イタチも左端の布団へ潜り込んだ。
「…寝ないのか?」
依然として布団の上に座ったまま動かない二人に問い掛ける。
想謳がイタチの手を取り、暗闇の中で指文字を書いた。
《ね れ な い》
あれだけ重いものを持って歩いてたのだから、疲れていないはずはない。
イタチが不思議に思って、「眠くないのか?」と問い掛けと、眠いと返された。
わけがわからない。
《ひ と お お い》
じっとイタチの目を見て、続ける。
《こ わ い》
「………」
人が多くて、怖い。
だから、眠くても寝られない。
彼女はそう言った。
それは、全国指名手配中の身であるイタチ達も同じだ。
犯罪者である以上、このような公の場で休むのは相応のリスクがある。
どこかで忍に目撃されていないか、寝込みを襲われないか。
常に周囲に最低限の気を張っていなければならない。
でも、それはS級犯罪者の役目だ。
小さな子供が気を使う必要はない。
「…見張り役は俺がやる。だから、」
イタチの言葉を遮り、想謳が首を振る。
《ず っ と ふ た り》
文字が通じているか確認するように、イタチの顔を覗き込む。
イタチは軽く相槌を打った。
想謳が続ける。
《い え の そ と》
《ね る の》
《は じ め て》
《た く さ ん》
《ひ と の け は い》
《こ わ い》
一気に書いた。
「………」
これは、難しい。
イタチは眉間にシワを寄せた。
予想していたより、事態は少しだけ深刻なようだ。
十年間、ほぼ産まれた時から二人はあの集落にいた。
そして集落は、あの崩壊の仕方や雰囲気からして、十年以上前には人が住める状況ではなかったと推測できる。
この双子は、あの広い集落にずっと二人きりだったと云っている。
それがいきなり、こんな人の多い場所に来て落ち着けるはずがない。
今まで人の居るところで過ごすことがなかった彼女達にとって、24時間何かが動く気配がするのは耐え難いものだろう。
だから二人は、せめて相部屋で寝たかったのか。
離れ離れになるのが、人に囲まれた中で一人ぼっちになるのが怖かったから。
「…そうか」
二人の置かれている状況を理解し、つぶやく。
何とかならないかと考えるが、こればかりはどうしてやることもできない。
双子は顔を見合わせてから、イタチを見る。
難しい顔をして黙りこくってしまっていた。
考え込んでしまったイタチの手を引き、意識をこちらに戻す。
温かい掌に一言、
《ね て》
そう書き、イタチの手を布団の中に押し込んだ。
双子も寄り添って布団に入る。
「………」
人と接したことの無い二人の、最低限の気遣い。
イタチはそれを無視するほど子供ではないが、黙って受け入れるほど大人でも無かった。
「…アジトに着けば少しはマシになるが、人はいるぞ」
今日は眠らなくても何とかなるが、二、三日続けるのは厳しいだろう。
暁に入らなくとも、いつか彼女らは屋敷を出て外の世界で暮らすことになる。
今から慣らさないと後々辛い。
「………」
イタチは布団から出て壁際に座った。
双子が体を起こして困ったように慌ててイタチを布団へ引き込もうとする。
自分の勝手な都合で、他人の眠りまで邪魔はしたくないようだ。
「俺が見張っておく。何かあればすぐに起こしてやるから、少しでも寝たほうがいい」
掴まれた手をやんわり解いて言う。
じっとイタチを凝視する双子に視線を合わせ、続ける。
「それに、大人が子供の面倒を見るのは普通だが、子供が大人に気を遣う必要はない」
双子はお互い顔を見合わせ、もう一度イタチを見る。
そして想謳はイタチの床に潜り、想奈は枕元に座った。
想奈がイタチを手招きする。
《2 じ か ん》
なんとか身振り手振りで伝えようとしていた。
彼女達の意図がわかったイタチは、想奈の隣に座る。
こうして2時間交代で常に二人ずつ見張りをしながら、ようやく夜が明けたのだった。
2011/4/20
[ 4/4 ][*prev] [next#]