BAUME









新宿からオフィスへ戻る途中の、無駄に整備された小洒落た一角で赤信号に捕まった。

混んでますね、と言い訳がましく運転手が呟くのを

聞くともなしに顔を上げる。

イタリアンレストラン、何が置いてあるのか一見してわからない雑貨屋、女受けの良さそうなカフェ。

代官山もかくやとばかりの一角は最近よくメディアで取り沙汰されている。

パリのシャンゼリゼ通りだか、イタリアのミラノだかをイメージしたという洋風な地区に

なまえが店を構えたと風の噂で聞いたことを思い出す。



「ここに、花屋はあるか。」

「花屋ですか…」



さぁ、と首を捻る運転手はまた、自分はこういうのに疎くてと言い訳を繋げた。

昨今の不景気に負けていなければまだあるはずだと確信した。

いや、なまえがそう易々と自分の城を潰すものか。



「少し寄りたい。」



中央車線を走行していた運転手が、短い返事と共にウィンカーを出した。

ぐるりと回って通りの南側から入ると、平日だというのに若い女やカップルが

気合の入ったお洒落をして道を闊歩していた。



「ここ、じゃないでしょうか。」



しばらく徐行を続けていた運転手がハザードに手を伸ばす。

『花』をフランス語に直訳しただけの、シンプルすぎる店名はなまえを彷彿とさせる。

無駄なことを一切嫌い、無駄に飾りたてたりしない性分だった。

車を停めさせると、峯は運転手に万札を何枚か渡した。



「なんか適当に買って来い。」

「は、え、適当にって…」



困惑している運転手に、手を払いながら行けと合図をする。

もたもたと運転手が下りると、外に車が停まった気配を感じたのか店員が顔を出した。

人の好さそうな、満面に笑顔を貼りつける少しふくよかな男だった。



「いらっしゃいませ。何かお探しでしたか。」

「あぁ、いえ、えっと…」



車の中からでも、運転手が困惑しているのが見えた。

スモークの濃い後部座席を振り返りながら、どうしたものかと言葉を探している。

店員も頭上に?を浮かべながら、柄の悪い見た目の運転手の相手をしていた。



「どうした?」

「あぁ、なまえ、中は大丈夫か?」



店の中から出した顔を認めて、峯が一瞬息を呑んだ。

何年か振りに見たなまえは、以前より少し歳を取ったように感じられるけれど

男性店員と運転手の間で、きょろきょろと顔を動かす様は

以前の暗く冷たい雰囲気が一切感じられない。



「花を、買って来いと言われまして。」



理解の悪い運転手が、言われたままになまえと男性店員に告げる。

つい、となまえの目線が、戸惑う運転手の背後に停まった目立つ外車に向けられる。

外からでは見えないはずの、スモーク越しになまえの視線を感じながら

すっとその目が冷たく細められるのを感じた。













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