宴も酣
時代の流れが変わったと、誰もが肌で痛感して居る。
黒船が来たと瓦版が騒いでから幾月、壬生狼と云う野蛮な集団がやって来たらしい。
其れに乗じてか、近頃めっきり物騒になった。
茶屋の手伝いをして居ると声を掛けてくる男も多いけれど
最近やたらとちょっかいを掛けてくる男の名は、新堀と云うらしかった。
「ねぇなまえちゃん、今日も可愛いね。」
「えぇ、よう言われます。」
うちの自慢は甘い饅頭だ。
近頃流行って居る舶来の砂糖菓子も食べてはみたけれど、なまえはやはり優しい和三盆の方が舌に合うと思った。
京で最近聞くようになった江戸弁が耳につく。
今日も新堀は店にやって来た。
「連れないねぇ。そういう所がソソるんだって、わかってる?」
「あら、あないな所に壬生狼の御仁。」
さっと新堀が振り返った隙に、背を向けて別の客の空いた皿を片付けにかかった。
勘定所では店主が困ったように首を竦めて居る。
別に助けて欲しいとは思わないけれど、新堀に出す饅頭は
少々形が崩れて居ても良いのにと少し思う。
「意地悪だね、ご馳走様。」
幾つかの小銭を手渡しながら新堀が笑う。
茶屋の看板娘と云うのは、其れ成に男性に好意を持たれ易い。
此れ迄数々の男達がなまえを口説いては来たけれど、此処迄食い下がって来るのは
新堀が初めてだ。
愛想笑いと分かる笑顔を顔に貼りつけて礼を言うと、新堀は困ったように笑った。
「そうだなまえちゃん。明日の夜って、出られる?」
「明日は流行り病で寝込むからあきまへん。」
くすくすと笑う新堀が、袂から煙管を取りだして咥えた。
珍しい舶来品の派手さが何故か不思議と似合って居た。
「鴨川の花火、見に行かない。」
「花火…」
大輪の枝垂れ柳が見物だと云う鴨川の花火を、なまえは終ぞ見た事は無かった。
店が会場から程近いので音は毎年聞いて居るが
妙に嬉々とした見物客が、やれ綺麗だっただのやれ迫力がどうだのと話しながら茶屋へ立ち寄るのを
何時もと変わり無い調子で持成して居た。
「ええなぁなまえ、連れてって貰い。」
「女将さん!」
店の奥から出て来た女将が要らぬ口を挟む。
どんな手を使ったのかは知らないが、新堀は気難しい女将に気に入られて居た。
あんた一遍も見たことないやないの、と女将の口添えが後押しとなって
明日の夜は茶屋へ出ない事になってしまった。
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