川上から川下へ、何時もは人も疎らな川沿いは大勢の見物客で埋め尽くされて居た。
所々川床が設けられて居て、羽振りの良さそうな輩が女を侍らせて酒を呑んで居る。
夏の夜の湿った風の中で、新堀の着物からは何かを焚き染めた甘い匂いがした。
「此処らで良いかな。なまえちゃん、疲れてない?」
邪魔な木や建物の無い開けた辺りで新堀が足を止めた。
薄昏の空には幾つかの星が光って居て、此れから其処に火の花が咲く等
予想も出来ない様に何時も通りの空だった。
「お気になさらず、大丈夫ですよって。」
人熱の中を歩きながら、新堀は何度もなまえの体調を気にした。
別に虚弱体質と云う訳ではないけれど、此れ程の人手の中では歩き難い。
自然になまえの先に立って歩き、人垣を割ってくれる新堀には正直感謝して居た。
「本当に良かったの、さっきの林檎飴。」
なまえが首を横に振ると、然う、と応えて新堀は其れきり黙った。
便乗する露店で林檎飴が並んで居たのをなまえが物珍し気に見て居たのを
先程から何度か気にしてくれて居る。
意外と優しい人なのだな、と思った。
「あ、始まるよ。」
どぉん、と大きい音に思わず身を竦める。
ひゅるひゅる、と笛の音がしたと思うと、一瞬で昼に成ったのかと間違う程
空が色とりどりに明るくなった。
「凄い…」
花火、とはよく言ったもので、夜空に花が咲く度歓声が上がった。
あれは菊だ、此れは牡丹だと何処かで誰かが蘊蓄を垂れる。
黄色や赤に照らされる空を眺めて居ると、新堀が此方を見て居るのに気付いた。
「新堀はんは、見ぃひんの。」
「なまえちゃんが喜ぶ顔の方が、よっぽど見物だよ。」
来てくれて有難う、と笑う新堀の顔が金色の枝垂れ柳に照らされる。
何か言うべきなのか少し迷ったけれど、結局気の利いた台詞は似合わない様な気がして
そっと肩に頭を預けて花火を見上げた。
一寸、女盛りを如何しやう
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