Achillea




日がな一日薄暗い部屋でパソコンのブルーライトと向き合うなまえと

帰る家などないかのように外で躍進を続ける渡瀬とは

正確なデータに起こせばほとんど共に過ごした時間などないのかもしれない。

それでも各々の敵と毎日必死になって戦っていることには違いないし

生きる世界が違っても通じ合うものはあったと信じたい。



燃えるように愛し合った、情熱的な恋愛だったはずだ。

顔を合わせることもなくなって、それぞれ軽い浮気も寂しさもすべて織り込み済みで

それでも渡瀬の心の中になまえの居場所があることを確信していた。

時折『それは思い込みに違いないのではないか』と頭の中の悪魔が囁いたけれど

ホルモンの影響だとかぶりを振って、仕事に集中した。







「久々やの。元気でやっとったか。」



低くて大きい声が部屋に飛び込んでくると、一気に視界が開けたように感じる。

目の前の小さな画面と、無限にも感じられる終わらないタスクに

呼吸することすら忘れていたかもしれない。



「来るなら連絡してくれれば良かったのに。」



伸びをしながら応えると、背中の筋が音を立てた。

気を付けなくちゃとは思っているが、もう長いこと悪い姿勢で過ごしていたようだ。



「電話したって、出ぇへんやろ。」



そんなことないと言おうとしたけれど、長いこと携帯を充電器に挿した記憶がない。

まぁどうせ渡瀬からの着信は来ていないだろうし、どうでもいいのだけど。



「また仕事ばっかししてんねやろ。ちゃんと食うてるか?」



また細なったんちゃうか、となまえの脇腹をつかんで抱き上げる渡瀬は相変わらず

血色のいい顔色で、ちゃんとクリーニングされたスーツを着ている。

お天道様の下を歩ける仕事をしているはずのなまえのシャツはよれているのに

そうでない稼業の渡瀬の方がよっぽど明るく、健康的だ。



「食べてる。そっちも生きてて何より。」



いっそ極道の方が長生きするのではないかと思って言葉に剣を含ませる。

そやなぁと笑いながらなまえの肌に触れる渡瀬の指の感触が久しぶりで

香水の匂いに懐かしいとさえ思ってしまう。



「邪魔したか。ちょっと顔見に寄ろ思ただけやねんけど。」



人の集中力を強制終了させておいて何という言い草。

それでもなまえは否定するように首を横に振って、抱き上げる渡瀬の肩に置いていた手を外した。

自分勝手な癖に、こういう気遣いは一応ちゃんとできるところがやっぱり好きだ。



「平気。あとちょっとだし、休憩する。」

「さよか。あんま無理すんなや。」



仕事用の机に戻って書きかけのデータを上書き保存する。

いつ淹れたか忘れたドリッパーのコーヒーを捨て、シンクで水に浸けると

食洗器に入れっぱなしだったウィスキーグラスと7割方残っているボトルを両手に、

冷凍庫から出した、ジップロックに入ったままのコンビニで買った氷を口に咥えてリビングに戻る。



「この家には酒しかないんかい。」



この家でアルコール以外のものを口にしたことはないくせに。

食事は基本店屋物で済ませてしまうなまえの冷蔵庫には、せいぜいあとマヨネーズくらいのものしか入っていない。

渡瀬の軽口には答えず、ガラガラと粗暴にグラスへ氷を突っ込むと

適当にウィスキーを注いで指でかき混ぜた。









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